【ごはん】



「とーちゃんっ! 起きろってばよっ!!」
 元気な声に起こされ目を開ければ、あまりの陽の眩しさに彼はもう一度目を閉じてしまう。
「ん〜…眩しいよ〜ナル君〜」
 布団に潜り譫言のような声を出す父親に、ナルトは先程よりも大きい声でその耳元に叫んだ。
「早くしないと出掛ける時間になるぞ。オレの作った朝ご飯食べずに行くつもりかよっ」
「ナル君がご飯作ってくれたのっ?! 起きる起きるっ!!」
 ガバリと起きあがり、四代目火影は彼が目をつぶってしまった朝日のように眩しい笑顔を愛しい我が子に向けた。
「おはよ、ナル君」
 さっきまで駄々をこねていたのが嘘のような態度に、ナルトは呆れとも感嘆ともつかない溜息を吐き出す。
「最初からちゃんと起きろってばよ。ほら、さっさと顔洗って来いよ」
「ん」
 短い返事を返し、洗面所へと向かっていく父親の後ろ姿を確認すると、ナルトは今まで父親が寝ていた布団を片付け始めた。


 食卓には簡単だがいつにない見事な朝ご飯が並び、ミナトは嬉々として席に着く。
「いただきまーす……って、何でカカシ君がここにいるの?」
 機嫌良く手を合わせ朝食に手を付けようとしたミナトは、自身の教え子であり我が子の先生でもあるその存在に怪訝そうに尋ねた。
「だって、オレの家庭科の先生だもん」
 カカシの代わりにナルトが答え、カカシはその隣で目だけにっこり笑って頷く。
「そういうことです」
 目の前に用意された美味しそうな食事はナルトがカカシに教わりながら作ったものらしい。
 ナルトが自分の為に作ってくれたのであろうことは嬉しいが、その代償として朝の親子団欒のひとときを邪魔され、ミナトは不服そうな顔でカカシを見上げる。
 その心内がありありと表れた表情に、カカシは忍びのいろはも忘れかけているのではないかと思える師匠を窘めた。
「オレのおかげで美味しい食事が食べられるんですから、そんな顔しない」
「ナル君が作ってくれたものなら何でも美味しいもん」
 恥ずかしげもない台詞を吐くミナトに、カカシは呆れ、ナルトは顔を紅くする。
「アンタねぇ、そんな新婚さんみたいな台詞吐かないで下さいよ。聞いてる方が居たたまれないじゃないですか。それに「もん」とか言って良いような歳でも、言って許されるような可愛さもないんだから止めなさい」
「ええっ? オレはいつでも新婚さん気分だよ!」
 その言葉には流石にナルトから拳骨が入った。
「痛いっ! 酷いよナル君っ!!」
「恥ずかしいこと言うからだってばよ!」
 顔を紅くして怒る息子に、ミナトは殴られた頭を抑えながら怒られた子犬のような目を向ける。その顔にほだされそうになったナルトだったが、甘やかしてはいけないと心を鬼にして、父親のその視線から目を背けた。
「前から思ってたけど、ナルト、お前も大変だねぇ…」
 しみじみと同情され、ナルトは「そうなんだよっ、解ってくれる? カカシ先生っ!」とその胸に泣きつく。
「ちょっと! ナル君に触らないでよカカシ君っ!」
「抱きつかれて来たのを受け止めただけです。大体、誰の所為でナルトが嘆いていると思ってるんですか」
「え? カカシ君?」
 ここにいるナルトを抜かした自分以外の人間を指し示した四代目は、片目だけ覗かせているカカシに睨みつけられる。
「何でそうなるんですか! 先生、アンタの所為でしょ」
「……オレの所為?」
 自覚がなかったのか、ミナトはショックに顔を青ざめさせる。
「もう少し、親らしく威厳のあるところをナルトに見せてやりなさいよ。四代目火影の肩書きも、今のままじゃ色褪せて見えちゃいますよ」
 ナルトの憧れ、『火影』という地位にミナトは就いている。いや、ナルトだけではない。『火影』は火の里の者達全ての憧れだ。
「そんなこと言われても……」
 普段のミナトがしていることと言えば、重要な書類に判を押すだけの事務作業ばかりだ。そうそう見せ場などあるわけもない。
 逆を言えば、ミナトの力を発揮することなどない方が良いのだ。
 ミナトが一番火影らしいことをしたと言えば――
「……ナル君、おいで」
「ん?」
 自分の呼びかけに応じて素直に傍に寄って来た息子に手を伸ばすと、ミナトはその金の髪を愛おしそうに撫でる。
「ナル君は火影らしくないお父さんのことは好きじゃない?」
 困ったように笑いながら問いかける父親に、ナルトはブンブンと首を振った。
「……そんなことないってばよ」
 忍びらしい父親の姿はまともに見たことはないが、自分の前で優しく微笑む父親のことがナルトは大好きだった。
 その答えに、ミナトは安堵の笑みを浮かべる。
「お父さんは火影だけど、その前にナル君のお父さんでありたいと思ってるよ」
 生まれたばかりのナルトの身体に九尾を封印したのが、ミナトが火影に就いて一番の大仕事だった。自分の命も、この目の前で元気な姿を見せてくれている我が子の命をも危険に晒した秘術はミナトが編み出したものであり、そして、その場で初めて試されたものでもあった。
 天才などと言われていても、本当にそれが成功するかなど解るものではない。初めて試したその術で、大事なものをすべて失ってしまうことだって考えられた。
 失う覚悟をして臨み……そうして、失わずに済んだその大切さは前にも増して大きいものとなった。
「ナル君のことが好きで好きでしょうがないのは仕方ないよね。だって、お父さんだもん」
 笑いながらそう告げられ、ナルトは赤面する。恥ずかしげもなく真正面から告げられる言葉はいつだって嘘なんてなくて、ナルトの心を柔らかく溶かしてしまうのだ。
「父ちゃん…」
「ん?」
「その顔は反則だってばよ」
 そう言い、ナルトは父親の頭を抱き寄せる。
「またそうやって甘やかす……」
 カカシが肩を竦め、責めるでもなく優しい声音でそう言うと、
「だって、仕方ないってばよ」
 ナルトは顔だけカカシに向け、照れを滲ませた満面の笑みで答えた。
「父ちゃんはオレの大事で大好きな父ちゃんなんだからさ」
 先程のミナトの言葉に応えるようなナルトの言葉に、ミナトは目の前のナルトの身体に腕を回し、ギュッと抱き締める。
「どうしよう…嬉しすぎて死んじゃいそう……」
「そう簡単に死なれては困りますよ、四代目」
 既に何回死んでいるか解りませんがね…とは口に出さず、カカシは親馬鹿と成り果てた師を死の淵から呼び戻す。
「そうだってばよ。それに、オレが作ったご飯も食べてもらわないとな」
 忘れ去られた食卓の上の朝ご飯はナルトが頑張って作ったものなのだ。それもすべて、大好きな父親に喜んでもらおうと思って作ったもの。
 そのことを口にしなくても、父親であるミナトはきっと、そのことに気付いているだろう。
「うん、いただきます」
 ミナトはナルトから体を離すと、やり直すようにもう一度そう告げ、まず目の前にある味噌汁を啜った。
「ん! 美味しい!」
 その言葉にナルトはホッとしたように笑みを浮かべる。慣れない料理は味噌汁ひとつ作るのも至難の業だったのだ。
「良かったってばよ」
「うん、よく出来てる」
 その声にミナトが顔を上げれば、トレードマークの口当てを引き下げ、ちゃっかりと席に着いてご飯を食べているカカシの姿が目に入る。
「ちょっと、何でカカシ君が食べてるのっ?」
「何でって、こんな朝早く呼ばれて食事の準備を手伝ったんですから、御馳走になるくらい当然でしょうが」
 抗議の声を上げるミナトに、カカシは平然とした態度で答える。
 更には、
「父ちゃん、オレが誘ったんだってばよ。それに、人数多い方が美味しいし、楽しいだろ」
 青い大きな瞳で諫めるようにじっと見つめられ、ミナトは降参の旗を揚げた。可愛い息子のこの視線に、ミナトは勝った試しがないのだ。
 ――正確には、ナルトに勝った試しなど一度たりとも無い…のだが。
「……ナル君のお許しが出てるなら仕方ないね」
 大切な息子との時間を邪魔され、ミナトは頬膨らます。そんな四代目火影の姿に呆れ返りながらも、カカシはこっそりと口元に笑みを浮かべた。
「ほら、父ちゃんも先生もさっさとご飯食べて仕事仕事っ!」
 そう言いながら、ナルトは大きな口を開けて自分が作った料理を食べる。満面の笑みは自分でも上出来だったと言うことだろう。
「そうだね。愛情いっぱいのご飯食べたんだから、今日はすっごく頑張れそうだよ」
「その言葉、しっかりと聞き止めておきましたからね」
「……カカシ君はどうしてそう一言多いかな……」
 恨めしげにミナトが元教え子を見つめていると、邪気のない笑顔を浮かべたナルトがカカシに告げる。
「大丈夫だったばよ、先生。父ちゃんはちゃんと言ったことは守るってば!」
「勿論だよ、ナル君っ!」
 息子にそこまで信頼されて嬉しくないわけがない。椅子から立ち上がらんばかりで頷く四代目に、カカシもにっこりと笑みを浮かべる。
「ナルトの言う通り、オレも四代目のことを信じてますよ」
「ま…任せておいてよ」
 優秀な部下に言質を取られ、やや引きつった顔で四代目は頷いた。
「今度は夕飯作って待ってるからさ。頑張れよな、父ちゃん」
 明るい笑顔に励まされ、更なるやる気を貰い受けた四代目は顔を輝かせる。
「ホントッ? だったら、夕飯までに終えて帰って来るねっ!」
 その言葉が自分の首を絞めるということに、幸せな頭は気付いていないらしい。
 それでも今日は絶対に約束を守ってすべての溜まった書類を時間通りに終わらせることだろう。

 ――四代目にとってのスパイスは今日も見事に効いているのだった。










あったかもしれない幸せの縮図。

自分だけだったら料理はあまりしなそうだけど、大切な人の為なら作ってあげたりするんじゃないかなぁ〜と。そんな一生懸命なナルトが可愛いと思います。
四代目が親馬鹿関係なく馬鹿っぽいのはいつものことですが……お許し下さい。親子解禁万歳。四代目実名判明万歳。

サクヤ@管理人
2007.10.26UP