【瞳を閉じれば】



 うららかな午後、あまりの天気の良さにいけないとは思いつつも執務を放り出して、里で一番見晴らしの良い場所で、里一番の実力者は昼寝をしていた。
「…と…ちゃん……とーちゃんってば!」
 どのくらい寝ていたのだろうか、揺り起こされて目を開ければ、そこには金色の塊。鮮やかな青い瞳が自分を覗き込んでいた。
「…あれ? ナル君?」
 ぼんやりとした瞳で、彼はそこに我が子を認める。そして、反射と言っても良いくらい自然に、その手は小さな身体を抱き寄せた。
「こんな所で寝てると風邪引くってばよ」
 仕方ないなぁ…と思いつつも、ナルトは父親の胸の上へ引き寄せられるままに身体を乗せる。昔のように小さな子供ではないのだから、いくら何でも苦しいだろうと思うのに、そんなことを気にした様子もなく、彼の父親はどんな体勢でいようがナルトを抱き寄せてくる。そして、ナルトはこうして甘えられるのが嫌いではない為に許してしまうのだ。
(オレも大概父ちゃんに甘いってばよ)
 心の中で溜息を吐き出すけれど、自分を抱き締めるこの腕は誰よりも尊敬する父親であり、火影であるのだから抗いようがない。
「だーいじょーぶだよ。だって、こんなに温かいんだもん」
 ナルトを抱き締めながら、四代目は柔らかな金色の髪を気持ちよさそうに撫でた。
「…と、ナル君はどうしたの?」
 自分は紛うことなきサボりだが、ナルトは元弟子の下で任務を行っているはずだということを思い出す。
「オレの任務、急遽火影探しに変更されたんだってばよ」
 胸の上から可愛い我が子に呆れた視線を向けられ、四代目は困ったように笑いながら視線を泳がせた。
「あ…そうなんだ。ハハハ…」
「解ったんだったら、執務室に帰るってばよ?」
 そう言って身体を退けようとするナルトを、四代目の腕が引き留める。
「ちょっとだけで良いから、こうしていようよ」
 強請る父親にナルトは眉を寄せて、窘めるような表情を作った。
「とーちゃん……」
「本当にちょっとだけ。だって、せっかくこんなに良い天気なんだよ。勿体ないじゃない」
 苦笑しながら、四代目はナルトを抱き締める力を強くする。
「そりゃあ、良い天気だけどさ、みんな、父ちゃんを探してるってばよ? 部下に余計な手間を掛けさせて火影がこんなとこでこんなことしていて良いの? みんなに申し訳ないとか思わないのか?」
 甘える大きな子供に言い聞かせるようにしても堪えた様子はなく、
「うん。悪いなぁとは思ってるんだけどね」
 罪悪感など微塵も感じていないような顔でそんなことを言われて、ナルトは自分の父親の部下を哀れに思った。
 大体、ナルトが駆り出されたのも、ナルトであれば確実に四代目を呼び戻すことが出来るからだ。他の気配には敏感な四代目だが、ナルトに対してだけ無防備になる為にすぐに捕獲できる。他の者の話など聞かなくても、ナルトの言うことなら聞く。そういう事情があってこそだ。
 そうして、自分が呼ばれた理由がありありと解っているのに、目の前の父親に強請られれば多少の譲歩をしてしまう自分がいる。
 心の中で父親を捜し回っているであろう人々に謝罪し、ナルトは父親の胸に体重を預けた。
「ほんっっとうに! ちょっとだけだってばよ?」
「ん。ありがと、ナルト」
 にっこりと満面の笑みがナルトの眼前に広がる。そんな顔を見せられて、ナルトの頬もつい緩んでしまった。
(いけないいけない。これ以上甘い顔しちゃダメだってばよ)
 ナルトは慌てて自分を見つめる四代目の瞳から顔を逸らす。自然、寄せることになった父親の胸から、規則正しい音が耳に届いた。その音に耳を傾けていると、段々と瞼が重くなってくる。何よりも心地よい温もりが眠気を呼び寄せた。
(ちょっとだけ…だってば……)
 そう思いながら、ナルトは眠りが及ぼす心地よさに身を任せる。
 健やかな寝息を立て始めた息子に小さく微笑むと、四代目もまた瞳を閉じた。
 自分が張る結界に入れるのはナルトだけだということを、この小さな子供は気付いていない。ナルトが自分を連れ出さない限り、誰にもこの空間を邪魔することは出来ないのだ。
(ナル君が起きるまでの間、申し訳ないけどみんな頑張ってね)
 温かな日差しに、胸の上には心地よい重み。
 思いも掛けず転がり込んできた極上の時間を延長するのは、至極当然なこと。

 そうして、二人が目を覚ましたのは陽が暮れて、その寒さにナルトがくしゃみをした頃。
 親子共々お説教を受けて、四代目が夜を徹した残業を言い渡されたのは言うまでもない。








子に甘い親。親に甘い子供(苦笑)。
『少年少女の心20のお題』(配布元サイト様「少年の空 少女の花」)より