【遠い日のこと】



「父ちゃん!」
 叫び声と共に火影の執務室に金色の塊が飛び込んでくる。その気配を察知していたのか、当代随一の忍と謳われる木ノ葉の火影は素早い動きで執務机からドアの前へと移動し、飛び込んできたその塊を嬉しそうに受け止めた。
「ナル君っ!」
 ギュッと抱き締めると、腕の中のナルトが嬉しそうな表情で自分の胸に頬を擦りつけてくるので、四代目はその幸せに果てしなく頬を緩ませる。
「どうしたの?」
 珍しく執務室に顔を出した息子に、四代目は保つべき威厳も忘れて問いかける。ナルトは父親の胸から顔を上げると、ここへ来た理由を思い出して慌てて答えた。
「あ、うん。今日はサスケのうちに泊まりに行くから、その報告だってば」
 ナルトがここに来た理由を聞いた途端、四代目の眉間に皺が寄り、今までとは違う空気が漂い出す。
「……サスケ君のうちに泊まるの?」
 不機嫌色に染まった声音に気づき、ナルトは怯むように頷いた。
「う…うん。これから修行付き合ってくれるって言うし、明日の朝も早いしさ、だったら泊まっても良いかって俺が頼んだんだってばよ」
 どうもサスケが絡むと機嫌が悪くなるらしい父親に、ナルトは懸命に弁解する。どれだけ言っても通用するような相手ではないことを知ってはいるが、だからといって勝手に外泊すればもっと恐ろしいことが起こる気がしてならなかった。
「ということは、パパが必死にお仕事して帰ってもナル君はおうちにいないんだね?」
 無理矢理作った笑顔とあからさまな棘を含んだ台詞で重ねて問われ、まるで自分が悪者のような不条理さ感じながら、ナルトは唇を尖らせて頷いた。
「……だってばよ」
 その答えを聞いた四代目はナルトから身体を離し、フラフラとよろけるようにして執務机に戻ると、恨めしげな声で聞き分けのないことを言い出した。
「ナル君のいない家に帰ったってつまんないのに……」
 顔を手で覆ってさめざめと泣くフリまでしてみせる父親にナルトはほとほと困り果ててしまう。
 それが嘘だと知っているのに、父親に弱いナルトは気が引けてしまうのだ。
「最近ナル君ってば冷たいよね。前はパパのお嫁さんになるって言ってくれたのにさ…」
「うええっ!? そんなこと言ったってば!?」
 覚えていないことを急に言われてナルトが焦って声を上げると、四代目は大人げなく頬を膨らませて反論した。
「そんなことなんて失礼な! ナル君がこーんな小さい頃、『おっきくなったら、とーちゃのおよめしゃんになるんだってばよー』って言ってくれたんだよ」
 座った自分の胸辺りで見えない幻の頭を撫でるように掌を動かしながら、四代目はナルトに説明する。
(ああ、あの頃は幸せだったなぁ〜)
 明けても暮れてもナルトの目に自分しか映っていなかった頃のことを思い出し、四代目はその時の幸せな気分に一時浸る。
「ちっさい頃の話だってばよ!」
 突如持ち出された幼い頃の失態とも呼べる行動に、ナルトの顔は恥ずかしさに赤く染まっていた。
 その声に現実に戻された四代目は、不満げに頬を膨らませたまま腕の中に顔を突っ伏してしまう。
「大きくなったらどんどん他の子と遊ぶようになっちゃって、パパのことかまってくれないもんね」
 そんなことを言って拗ねる父親にナルトは呆気にとられたようにその青い目を見開く。
「昔はもっと一緒にいてくれたのにさ」
 ハァァ〜と切ない溜息を吐き出す父親の姿に、ナルトはうっすらと染まった頬を指先で掻くと、すぐに照れたような笑いを浮かべて彼に近寄っていった。
「父ちゃん」
 執務机に顔を突っ伏した父親を、ナルトが柔らかい声で呼ぶ。
「なぁ、父ちゃんってば」
 腕を揺すり、笑いさえ滲ませた声で更に呼びかけると、今でも十分に若い整った顔をした父親が自分にしか見せない落ち込んだ表情で顔を上げてくる。
「なーんか、父ちゃん可愛いってばよ」
 背中から凭れるように抱きつく息子を、四代目は苦笑混じりに見上げた。
「可愛いのはナル君でしょ」
 まだこんな風にじゃれついてくる息子が可愛くて、四代目はいつまで経っても変わることのない感想を口にする。
「そっか? 父ちゃんの方がよっぽど可愛いってば」
 ニシシと笑って抱きつく力が強められる。それだけで嬉しくなってしまう自分はもうずっと前からこの子どもに溺れているんだなぁと、四代目は心の中で苦笑した。
「今日は約束したから無理だけど、明日は早く帰って来るってばよ」
「やっぱり泊まりに行っちゃうんだ?」
 予定を変えてくれないの? と、甘えた視線で見上げても、ナルトは頑として譲らずに首を縦に振ってみせる。
「約束破りたくないんだってばよ。それに少しは俺がいなくても大丈夫にならないとダメだってば!」
 言い聞かせるようにきっぱりとそう言うと、ナルトは四代目の頭にグリグリとその頬を押し宛てた。
「明日、帰って来たら一緒に一楽のラーメン食べに行くってばよ。だから、父ちゃんはちゃんとそれまでに仕事終わらせてなくちゃダメだかんな!」
 大人げないなと思いつつも子供を困らせてしまうどうしようもない親なのに、それでもナルトはちゃんと宥めてくれる──その優しさが嬉しくて、愛しくて、何度でも困らせることになるというのに。
「…わかったよ」
 四代目は観念した笑みを浮かべると、首に回された腕を引っ張り、後ろにあるナルトの身体を更に自分に密着させた。
「約束だね」
「約束だってばよ」
 言葉と共に柔らかい体温が伝わってきて、いじけていた心を簡単に溶かしてしまう。
 四代目は「仕方ないな」と呟いて、ナルトの外泊を許可した。
「あ、でも、ちょっと待って」
 四代目はそう言ってナルトを引き留めると、傍らの引き出しから何やらゴソゴソと取り出す。
「コレ、お守りね」
 ようやく納得した父親が差し出した物は少し歪だが見覚えのある物で、ナルトは首を傾げながらそれを受け取った。
「クナイ?」
「うん。パパの代わりに持っていってあげて。きっと、ナル君のこと守ってくれるから」
 にっこりと見惚れてしまうような笑顔で告げられ、それを断る理由もないナルトはその四代目の気持ちが嬉しくて笑って受け取った。
「了解だってばよ!」
 そうして、保険をかけて安心した四代目は心晴れやかに息子を送り出したのであった。

 ──その夜、うちは宅で何が起こったかはサスケと四代目のみぞ知る。








相変わらず子供に甘えてる親です。親馬鹿と言うより、馬鹿親(苦笑)。
『少年少女の心20のお題』(配布元サイト様「少年の空 少女の花」)より