【忘れてしまった】



「とーちゃん」
「ん?」
「あのさ、あのさっ、かーちゃんがいなくて、やっぱりさびしいってば?」
 突然尋ねられて、四代目は首を傾げる。ナルトの手元を見れば、仲の良い夫婦が描かれた絵本のような物があって、四代目はその問いかけがどうして発せられたのかが納得出来た。きっと、ナルトは他の家やこの絵本のように仲の良い夫婦を見て、自分の気持ちを思ってくれたのだろう。
 困ったように眉を寄せて、見上げてくる目は聞いてしまってはいけないことだったのかと少し後悔している色が見える。だから、殊更四代目は柔らかい笑みを浮かべて手を伸ばした。
「ナルト、おいで」
 手招きをすると、ナルトは嬉しそうな顔を見せ、四代目の元へ駆け寄った。その身体を受け止めて、四代目は座っていた自身の膝の上にナルトを乗せる。
「ナルトはお母さんがいなくて寂しい?」
 問いかけるということは自分がそう思っているからなのではないかと思いながら、ナルトの持っていた本の母親の絵を指して尋ねる。よくよく見れば、その本には仲の良さそうな親子が描かれていて、ナルトがそれをどんな気持ちを思って見ていたのかを考えると四代目の胸は微かに痛みを覚えた。
「そんなことないってばよ」
 腕の中でナルトはブンブンと首を振る。
「本当に?」
 覗き込んで聞き返せば、見上げてくる青い瞳が強い意志を込めて頷いた。
「うん。だって、とーちゃんがいてくれるから、さびしいことなんてないってばよ!」
 返された言葉に四代目は驚き、目を瞠る。
 それは自分が思っていたことと同じことだった。
 その言葉にホッとして、嬉しさに涙が零れそうになる。
(ああ、もう、本当にこの子は……)
 なんて愛しいんだろう。こんなにも心を温かくさせてくれることが出来るのはきっと、この腕の中の存在だけ。
「……良かったぁ」
 零れそうな笑みを浮かべて四代目はナルトを抱き締める。
「とーちゃん?」
 不思議そうに見上げるナルトのおでこに口づけて、四代目は太陽の匂いがするその髪に頬を擦り寄せた。
「あのね、お父さん、ナル君にそう思ってもらえて嬉しいなって思ったんだ」
 キョトンとした目で自分を見つめるナルトに、四代目はどうしたらこの気持ちが通じるんだろうかと考える。
 同じだけの幸せを、この大切な存在にも知ってもらいたかった。
「お父さんもナル君と同じ気持ちだったから」
「とーちゃんもおんなじ?」
「うん。ナル君がいてくれたおかげで寂しいって思わないで済んだんだよ」
 ナルトの頭を撫でながら、四代目はその時のことを思い出す。
「お母さんが死んじゃった時は本当に哀しかったよ。だって、大好きな、大好きな人だったからね」
 笑って言えるようになったぐらいに、自分は強くなれた。それはこの子がいたから。
「でも、お母さんが死んじゃって哀しんでいた時にナルトがお父さんの指を握ってくれたんだ」
 赤ん坊のナルトの指が触れて、柔らかい力で、でもしっかりと離さないように握られた。
(この子がいてくれる)
 それだけで哀しみは薄れ、心には温かい幸せが満ちあふれた。
(どれだけオレがナルトの存在に救われて、そして嬉しかったか解るかな?)
「辛かったのは本当だよ。でもね、忘れちゃった」
「わすれたってば?」
 聞き返すナルトに四代目は笑って頷く。
「うん、そう。忘れられたんだ。だって、ナルトがいてくれたからね」
 一人だったらもっと時間がかかったかもしれない。
 けれど──
「こんな大きな幸せがすぐ傍にあるのに、哀しみがいつまでも続くわけがないよ」
 ナルトがいるだけで、その笑みを見るだけで、幸せは限りなく生まれてくる。
 そして、その気持ちがある限り、哀しいという気持ちが留まっていられることはない。
「今も、こんなに沢山幸せや嬉しいって気持ちをいっぱい貰ってるからね」
 ギュッと抱き締めて視線を合わせれば、ナルトの頬が嬉しさに染まり、やがて堪えきれない笑みをその口元に刻む。
「オレも! とーちゃんといっしょでしあわせだってばよ!」
 今度はナルトから抱きつかれて、四代目はくすぐったい気持ちに笑みを零した。

 同じだけの気持ちで抱き締め返してくれるなら、これ以上ない程の至福だと思いながら。
 その気持ちがいつまでも続けばいいと祈りながら。








私の書く四代目は奥さんに対して薄情すぎますね…。奥さん、本当にごめんなさい。
『少年少女の心20のお題』(配布元サイト様「少年の空 少女の花」)より