【夢に出て来たあのこ】



 金色の綿毛が空を覆い尽くすその光景を、やはり空に浮かぶ色と同じ野原に佇んで見ていた。
(すごいなぁ…)
 絶景に見とれていると、クイと裾を引っ張られた。
「え?」
 視線を向ければ、そこには小さな子供。
 金色の野原に現れたその子は金色の髪を持っていて、最初、この野原の綿毛が集まって出来たのかと思った。
 向けられた視線が嬉しかったのか、その子供は満足そうに笑みを浮かべる。向けられた方も、思わず釣られて笑みが零れた。
「どうしたのかな?」
 屈んで覗き込むと、ふわりと抱きつかれた。
 柔らかな感触は人間の子供と変わらないけれど、あまりの軽さに、やっぱり綿毛なんだと思いこむ。
 子供の青い瞳は自分の持つそれととてもよく似ていた。けれど、その透明さは自分のものとは比較にならない程で、思わず見とれてしまう。
 細い腕が首に巻き付き、キュッと力を入れて自分を引き寄せる。引き寄せられた頬に、子供の柔らかな頬が擦り寄せられた。
「フフ、くすぐったいよ」
 まるで綿毛の化身のようなその子供が触れるたびにくすぐったさが広がる。それは身体で感じるだけではなくて、心の中まで広がっていった。
「あれ?」
 抱いた子供のお尻の辺りに違和感を感じて覗き込むと、そこにはフサフサの尻尾が生えていた。
 よく見れば、頭にも茶色の耳が付いている。しかも、この形は狐だろうか?
「君、狐の仔?」
 フルフルと子供は頭を振ると、彼の腕から飛び降りた。
 てってっ、と音のしそうなまだおぼつかない足取りで、子供は金色の野原を掻き分けていく。
 ついてこいというように何度も彼を振り返るから、彼もその後をゆっくりと追いかけていった。
『ここ』
 頭に響いた幼い声。行き着いた先には古びた祠があって、子供はそれを指さしていた。
『もうすぐフウインがとけちゃう』
「封印?」
 問い返せば金色の綿毛がコクンと頷く。
『だから、まもってほしいってばよ』
 そう言って、小さな指は別の場所を指し示した。そこにはぽかりと空いた空間があって、ひとつの里が映し出されていた。
「これは…木ノ葉の里?」
 それは彼の住む、大切な里。その里を、この子供は守って欲しいと言う。
 この祠に封印されたものから。
「この祠の主が木ノ葉の里をどうにかすると言うの?」
 やはり声もなく子供は頷く。
「どうして、オレにそんなことを教えてくれるの? もしかして…君がこの祠の主?」
 そんなわけはないと思いながら問いかければ、フルフルと金色の頭が横に振られ、彼の言葉を否定する。
 まるで何かを打ち消すように、懸命に。
『ちがう……けど、』
 泣きそうに歪んだ瞳に気付き、彼はその場に跪くと金色の子供をその腕の中に抱き締めた。
「ごめん。酷いことを言ったね。泣かなくて良いよ。君は違うんだろ?」
 柔らかな髪や背を、温かく大きな手が撫でる。
 逢ったばかりの小さな子供。不思議なその存在。けれど、何故か、ひどく愛おしい。
「それじゃあ、君は誰?」
(木ノ葉の里を心配してくれる君は)
 尋ねられ、金色の子供はふんわりと笑った。
『ナイショ、だってばよ』
 もう一度柔らかな腕が回され、抱き締められる。
 パッと、腕を離されると同時に、小さな身体は彼の腕の中から抜け出していた。
『また、あお。そしたら、おしえるってば』
 悪戯っ子のように笑いながら、子供は彼から遠ざかる。
『そろそろもどったほうがいいってばよ』
 先程映った木ノ葉の里を指さしながら。
「また逢えるんだね?」
 問いかけに、こっくりと子供は頷いた。嬉しそうに、哀しそうに、笑いながら。

 ──四代目!

 自分を呼ぶ声が聞こえて下を向くと、金色の綿毛が空に向けて舞い上がった。
 空に吸い込まれていく金の渦。

『またあうってばよ。ヤクソクだってば』

 そして。
 そんな幼い声の響きを残しながら。
 金色の空間は閉ざされた。

「四代目っ! 何寝こけてるんですかっ!」
 まだ声変わりしきっていない声の主が、容赦なく彼の肩を揺する。
「……あれ? カカシ?」
「あれ、じゃありません。仕事の途中で寝ないで下さいよ」
 みっともなくも涎の跡がついた師匠の顔に、カカシは情けなくなって溜息を吐き出した。
「大事な書類なんですからね。汚さないで下さい」
 散らばった書類を纏めながら、カカシは注意する。
「狐…」
 今は被っていないカカシの面に目をやりながら、四代目は呟いた。
「なーんか、狐の夢を見ていた気がする。ふわふわの抱き心地の良い」
「……大丈夫ですか?」
 夢見るような表情でぼそぼそと呟き始めた相手に、カカシは心配になって問い質す。先程起こす為に思わず殴ってしまった頭にチラチラと視線を投げながら。
「ん、大丈夫だよ。さ、仕事仕事っ」
 カカシの心配を吹き飛ばすように笑うと、彼は机上の書類に向かった。その姿にカカシは肩を竦めると、やる気になったばかりの上司に声をかける。
「その前に顔の涎を拭いて下さい」
 彼が顔を上げると、愛弟子は口布の上から口元を指さして彼の現状を伝えていた。
「あ」
 指摘された口元を慌てて袖口でゴシゴシと拭うが、その姿はとても里長とは思えない。
「ん?」
 その袖にいつの間にくっついていたのだろうか、小さな金の綿毛を彼は目にする。
 そして思い出される、金色の野原と金色の子供。
(これ…)
 くっついた綿毛を手にした途端、それはフッと消え失せてしまった。
 目を瞠ってじっくり見つめても、そこにはもう何もない。
 眠りから覚めきらずに幻を見たのかとも思ったが、夢に出てきたあの子が狐の耳と尻尾を持っていたことを思い出すと、今の出来事もあって当たり前のような気がしてきた。
(あの子、本当は狐だったのかも)
 夢と符合する不思議に、四代目は喉を震わせる。
 自分の腕を見つめながら笑う上司に、カカシは怪訝な眼差しを向けた。
「どうかしたんですか?」
 尋ねるカカシに、四代目は首を振る。
「ううん、何でもないよ」
 話したとしても信じてもらえないだろうし、何となくこのことは内緒にしておきたくて、彼は緩みそうになる顔を無理矢理引き締めると、今度こそちゃんと書類に向かった。

 約束はしたのだから、時を待とう。
 きっと、いつか、出逢えるはず。








ちょっと…いや、かなりファンタジー。
『少年少女の心20のお題』(配布元サイト様「少年の空 少女の花」)より