【気になる心】
「ナル君、ただいま〜」 玄関から聞こえてきた声に、ナルトはてってっと小走りで向かった。 「とーちゃん」 ぽふんと足にしがみつくように抱きついた可愛い息子に、四代目火影の顔がこれ以上ない程に緩む。 「ただいま」 その身体を抱き上げながらもう一度告げると、ナルトは嬉しそうな顔で笑い、 「おかえりだってばよ」 父親の首に手を回してそのまま抱きついた。 四代目はすぐ傍にある食べたいほど可愛らしいマシュマロのようなほっぺたに音を立ててキスをする。 ナルトはくすぐったそうに肩を竦めながらそれを受けた。 「今日は何をしたの?」 居間へと続く廊下を歩きながら、四代目は幼稚園に通いだしたナルトに今日あったことを尋ねる。すると、ナルトは満面の笑みを浮かべながら答えた。 「サクラちゃんとおままごとしたってばよ!」 「最近、サクラちゃんと仲が良いねぇ」 ナルトの口からよく聞くようになった女の子の名前。それがどういうことかは訊かずとも解る。 「だってさ、だってさ、サクラちゃんってばすっごくカワイイんだったばよ?」 照れたように説明する姿に四代目の頬が緩む。けれど、心の中では何とも言えない哀しい気持ちを感じていた。 (ナル君だって男の子だし、好きな女の子の一人や二人いてもおかしくないよねぇ……) ナルトにばれないように細く溜息を吐き出す。そのうち一番好きだと言ってもらえなくなる日が来るのかと思うと、しくしくと胸が痛む気がした。 「でもさ、サクラちゃんってばサスケにばーっかやさしくって……ちょっとだけつまんないってばよ」 いじけたような声に顔を上げると、唇を尖らせたナルトの顔が目に映る。『サクラちゃん』という女の子の名前と同様によくナルトの口に上る男の子の名前。『サスケ』というのは、木ノ葉の里を守る警邏隊のうちは一族の子供だ。子供ながらに整った顔をしていたのを四代目は思い出す。そして、サスケの父に当たる警邏隊隊長の顔もついでに思い出して、少しだけげんなりとした表情を浮かべた。 (もう少し彼も柔らかくなってくれるといいんだけどねぇ…) 執務から抜け出すたびにお小言を戴く身には(自分が悪いとは欠片も思っていないらしい)、あの何でも規則通りに行わなければ気が済まない性格は困りものである。少々丸くなってもらいたいと願っても仕方のないことだろう。 「サスケ君も一緒におままごとしてるの?」 似合わないなぁ…とは口に出さずに尋ねれば、ナルトはフルフルと首を振る。 「んーん。あんまりやんないってばよ。いつもしゅぎょーするとかいっていなくなっちゃうし。でも、たまーにサクラちゃんにひっぱられていっしょにするってばよ」 (女の子は強いねぇ) 想像するとおかしくて、四代目は小さく吹き出した。 「それで、ナル君はサクラちゃんをサスケ君に取られて悔しいわけだ」 「そっ、そんなことないってばよ!」 「そう?」 柔らかく問いつめるように尋ねれば、小さな頭が縦にコクンと頷く。 「だって、サスケもちょっとだけやさしいし」 「そうなの?」 それこそ意外だと、失礼な感想を抱いた四代目は驚きに目を大きく見開いた。 「うん。だって、おかしとかくれるってば。きょうはナルのスキなプリンが出たんだけど、サスケってばあまいものはキライいだからってくれたんだってばよ」 「本当だ。優しい子だね」 「でも、それみてたサクラちゃんはおこっちゃって…。サクラちゃんもプリンほしかったのかなぁ?」 (違うと思うけどね) 見当はずれなことを口にするナルトにクスクスと笑いながら、四代目はナルトを床に下ろすとその頭を撫でた。 「とーちゃん?」 (サスケ君をナル君に取られて悔しかったんだよ、きっと) 不思議そうな顔をして自分を見つめる我が子に、口には出さずに心で呟く。 (もしも、ナル君にそんなことを言って関係が変わっちゃったりしたら困るからね。暫くは良いお友達でいいでしょ) なかなか手強そうな黒い瞳を思い出して、「そう簡単にはナル君は渡せないよ」なんて小さく口に乗せた。 「ね、ナル君、お父さんのこと好き?」 ナルトの前に屈み、とっておきの笑顔を浮かべて尋ねれば、ナルトは元気な声で「うんっ! だいスキだってばよ!」と答える。手を差し伸べれば迷わず抱きついてくる小さな身体に四代目は満足して笑みを深くした。 (まだまだ大丈夫かな) まだまだどころか、どんなことがあっても離す気なんてないけれど。 「お父さんもナルトのこと大好きだよ」 心からの言葉と共に柔らかな身体をギュッと抱き締める。 可愛くて可愛くて仕方のない大切な宝物だから、その心がどこに向いているのか気になるのも仕方のないこと。 (サクラちゃんの方はナル君には申し訳ないけど、脈はありそうにないし) 当分の間は自分だけのナルトでいてほしいと願う勝手な親心に苦笑しながら、それでもやっぱり止めることは出来なくて、ナルトには心の中で謝る。 (ごめんね、ナル君) 大好きだから傍にいてね。 ──出来ることなら、一生ね。 我が儘な父(笑)。いつまでも子供には傍にいてもらいたいものなのです。
『少年少女の心20のお題』(配布元サイト様「少年の空 少女の花」)より |