【つばさを下さい】
「あー…つまんなーい……」 執務室の真ん中で、積まれた書類を前にしつつ四代目火影は呟いた。 「ナル君、早く帰って来ないかなぁ…」 彼の愛息子のナルトは一週間のCランク任務で里外に出ていて、戻るのは三日後の予定になっている。なるべくなら長期任務は避けて通らせようとしていたのだが(何しろその権限が自分にはある)、息子に拗ねられて口を利いてもらえないというこれ以上ないストライキに遭い、泣く泣く諦めたのはつい先日のこと。その途端、一週間の任務が降って沸いたのは四代目にとって災害以外の何者でもなかった。その任務に対応できて身体の空いている忍びがナルトだけだったことも運が悪いとしか言いようがないだろう。ナルトは嬉々としてその任務を受けると、鼻歌混じりに木ノ葉の里外に出る大門を潜っていった。そんなナルトを、四代目は今生の別れかというように泣きながら見送ったのである。腕には「父ちゃんは寂しがりやだからな。コレを俺の代わりだと思って待ってるってばよ!」と言って渡されたナルト手作りのナルト人形を大事に抱えながら。 毎日あの金色の笑顔を見て一日が始まっていたのに、それが木ノ葉のどこにもいないのかと思うと、四代目は寂しい気分で仕事をする気など起こらなかった。 「三日でも辛いのに一週間なんて…ナル君がいないと毎日に張りがないよ…」 深い溜息を吐き出し、四代目は机に突っ伏す。 「だれたこと言ってないで、さっさと仕事をして下さいよ」 呆れた目と声で、四代目の側近であるはたけカカシが新たな書類を持ってきながら声を掛けた。 「ナルトだってもう中忍なんですから、Cランク任務の一つや二つ立派にやりこなせるでしょう?」 「そんなの解ってるよ」 机から顔を上げた四代目は、今度は後ろにある背もたれに背をもたせかけるとさらりと言い切る。ナルトが優秀なことは親の欲目抜きにしても十分理解していた。しかし、それとこれとは別問題である。 「あ〜あ、こっそりとナル君に瞬身の術を施しておけば良かった」 そうしたらすぐ傍に行けるのに…と溜息混じりに漏らすのを聞き、カカシはげっそりとした表情を浮かべた。 「…アンタねぇ、親馬鹿もいいかげんにして下さいよ。そんなことしてたら、いつかナルトに嫌われますよ?」 「ナル君に嫌われるのは嫌だなぁ。じゃあ、翼があればいいんだ。そしたら、ナル君の元へすぐに行けるし、こっそり傍で見守ってられるじゃない」 名案だと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて告げる上司に、カカシはこれ以上の戯言は聞いてられないと聞き流すことを決めた。 「でも、今のオレは同じ翼があるものでもカゴの中の鳥だね」 膨れて訴える四代目に、カカシは駄々をこねる子供をあしらうような口調で持っていた書類を差し出す。 「ちゃんと仕事したらナルトが帰ってきた時に自慢しても良いですから、とりあえずおとなしく仕事してくれませんかね?」 どこまでも冷たく帰ってくる言葉に、四代目は寂しげな視線で目の前の弟子を見つめた。勿論、そんなものが長い付き合いのカカシに効くはずもなく、更に冷たい言葉がかけられる。 「はい、今日の分。さっさとやりあげちゃって下さいね」 「う゛う゛…」 目の前に積まれた書類を四代目は恨みがましげに睨み付けていたが、すぐに諦めたように溜息を吐き出すと、急ぎのものから手を付け始めた。 背中に「哀愁」の二文字をわざと見せつけるように背負った男やもめに、昔から彼を知っている弟子はこめかみを掻きながら進言する。 「いいかげん子離れしたらいかがですか?」 「耳タコ」 「はぁ?」 顔も上げずにボソリと返された言葉に、カカシは首を傾げた。 「もう何度その台詞聞いたか解らないって言ったの」 持っていたペンの後ろ側でこめかみを掻きながら、四代目は顔を苦々しげに歪ませて答える。 「俺が言ったのは初めてだと思いますが?」 身に覚えのないことを非難され、カカシが柔らかに抗議すれば、 「カカシが言わなくても他の人が言うんだよっ」 普段激高することのない四代目だったが、この時ばかりは積もり積もった想いを吐き出すように机に拳を打ち付けて訴えた。 「簡単に子離れ出来たら苦労しないよっ! でもね! 奥さんを亡くして、男で一つで大切に大切に育て上げたんだよ? すんなり手放せると思うっ?」 力一杯、目に涙まで浮かべて訴えられ、カカシは少しだけ怯む。里の誉れ高き四代目火影だが、ことナルトの事が絡むと、平常心とはおさらばしてしまうのだ。 「で…ですが、ナルトだってもう良い年頃なわけですし、四代目がしなくてもナルトから親離れするかもしれないじゃないですかっ!」 勢いに押され、カカシはうっかり四代目の地雷を踏んでしまう。 「ナル君がオレから離れてく…?」 四代目はガーンッという擬音付きで顔を真っ青にすると、顔を再び机に伏せてしまった。 「ナル君に嫌われたり離れていかれたりしたら…オレ、生きていけない……」 「アンタねぇ…」 情けない声を出す里長に、昔の師はどこへ行ってしまったのだろう…と、カカシは遠い目をしてしまう。それでも今日の業務を終えるまではこの人の世話をしなければならないのだ。我が身の不運に泣けてくる。 ──その時だった。 「カカシ先生、何父ちゃん虐めてんだよ?」 ジメジメとした空気を醸し出していた執務室に、外の空気と共に突然明るい声が響き渡る。 「ナル君っ!?」 「ナルト?」 四代目とカカシが声に引かれて窓に顔を向ければ、そこには四代目が会いたくて会いたくて仕方なかった存在──ナルトがいた。 「どうしたの、ナル君? 帰還は三日後の予定だったよね?」 「父ちゃんが心配で早く仕事を済ませてきたんだってばよ」 ニシシと得意げに笑うナルトに四代目は感動に打ち震える。 「ナル君っ」 嬉しさのあまり抱きついてくる父親に苦笑しながら、それでもナルトはその背を叩いて抱き締め返した。 「一緒にメシ食おうと思ってたけど、もしかしなくても忙しいってば?」 抱きつく父親から何とか身を離し、机の上の状態を見ながらナルトが尋ねる。「忙しいようだったら一人で食べるか」と呟くのを、四代目が聞き漏らすことなどなかった。 「大丈夫! すぐに切り上げちゃうからっ! ちょっとだけ待っててよナル君っ!」 必死な形相で返されたナルトが「じゃあ、待ってるってばよ」と笑って頷くと、四代目はパァッと顔を明るくし、今までが嘘のようなスピードで書類を片づけ始めた。 それを傍らで見ていたカカシは肩を竦めると、天の助けとなった人物に近寄る。 「ナルト、お前報告書は?」 「あ、まだ出してないってばよ」 指摘されてようやく思い出したらしいナルトの頭をこつんと軽く小突くと、カカシは執務机に向かって必死に筆を走らせている四代目を指し、 「どう足掻いたってすぐには終わりやしないから、さっさと出してこい」 そう囁いた。 「うん。ついでにイルカ先生にも挨拶してくるってば」 元気に頷くと、ナルトは今度はちゃんとドアへ向かって走り出す。 「父ちゃん、俺ってば報告書出してくるから、その間仕事ちゃんとしてるってばよ」 「ん!」 書類から顔を上げて満面の笑みを浮かべる父親に、ナルトは笑って手を振ると部屋を出ていった。 (ナルトには悪いけど、暫くは長期任務は控えてもらった方が良いかもな…) ナルトがいるといないとでこんなにも仕事の進み具合が違うことを目の当たりにしてしまったカカシは、そんなことを考えてしまうのであった。 瞬身の術を勝手に逆呼び寄せの術状態で使ってます。どのくらいあの術って有効なんだろう?
四代目がナルトの親離れを考えて放心してる所は、ハウルが緑のドロドロ出しちゃうイメージで(苦笑)。 しかし、お題と全然かけ離れていますね…。。。 『少年少女の心20のお題』(配布元サイト様「少年の空 少女の花」)より |