|
大好きな人との間に出来た、この世でかけがえのない宝物。 大切に、大切にしたいと思った。 ありったけの愛情を注いで、親馬鹿の中の馬鹿って言われるぐらいに甘く甘く育てて。 いつだって一緒にいて。 鬱陶しいって思われても、絶対離れたりしないって。 「──そう思っていたのにね」 抱き上げたこの小さな赤子に自分が何をしようとしているのか……それは、心の中で願っていたものとは真逆のもの。 「望んでなったはずなのに…今はこの役目がとても重く感じられるよ」 泣きそうに顔を歪めながら、それでも口元に微かな笑みを浮かべて、四代目火影は我が子を見つめた。 小さな寝息を立て、産まれたばかりの存在は何も知らずに穏やかな寝顔を見せている。それを目にするだけで胸の中に温かなものが広がり、彼の視線は愛しさに溢れた。けれど、これから先に起こることを思い、その彩はすぐに曇る。 (君と一緒に逃げ出せれば簡単だったかもしれない) 大事な役目を捨てて、産まれ育ったこの里を捨てて、唯一の宝を抱えながら生きる。 ──考えなかったわけではない。 けれど、甘い誘惑が頭を過ぎったのは一瞬のこと。そんなことを自分に出来るわけがないことを、彼──四代目火影は知っていた。 「オレにとってこの里は君と同じぐらいに大切だから……やっぱり逃げ出すことなんて出来ないんだ」 大事なこの里を守るために必要なのは、この腕の中の大切な存在。 出来るだけの思いを込めて、残された短い時間を愛おしむように彼は小さな我が子を抱き締める。 「もっと、一緒にいたかったなぁ……」 叶えられない願いを唱えた声は小さく、掠れていた。 まだ産まれたばかりで、これからもっともっと沢山の楽しいことを一緒にするはずだった。 色んな表情を、すぐ傍で見守り続けるつもりだった。 少しずつ大きくなるその様を、誰よりも楽しみにしていたはずなのに。 目の前には祭壇のように設けられた円陣。その中心に彼はそっと我が子を置く。 温もりが手から離れていくのが名残惜しくて、彼はそんな思いを振り切るように強く拳を握りしめた。 「一緒にはいられないけど、ずっと君の傍にいると誓うよ」 指先を噛みきり、漏れ出た血で我が子の腹の上に封印式を描く。 九尾を封じる為の四象封印。そのチャクラをこの子のチャクラに還元出来るようにもうひとつ四象封印を施す。 (守ってあげるから) この命に替えても、この里も、そして、これからこの里で生きていくこの子を守るのだと自身に固く誓う。 傍にいることが出来なくなっても、残してあげられるものがあるなら、出来る限りの最善を尽くしてあげたいと思う。 (だって、オレに出来るのはこれぐらいしかない) 「もう、この腕で抱き上げてあげることは出来ないけど」 小さな額に口づける。 「ずっと、君の中で守ると誓うよ」 (愛しい、愛しい、大事な子) 「だから…次に生まれ変わっても…君のお父さんでいいかな?」 (生まれ変わっても、オレは君に逢いたい) そうしたら、今は手放さなければならない日々をやり直そう。 叶えられなかった願いを叶えよう。 「強い子に育ってね。何にも負けない、強い子に。オレの子だから…大丈夫だよね?」 心配しても、置いていくことに変わりなく、その心など自分の中での言い訳にしかならないけれど。 「愛してるよ、ナルト」 丸い額に自身の額を合わせると、温かな熱が伝わってくる。 その暖かさに、彼は禁じていたはずのものを、最後に一粒だけ、自身に許した。 「三代目、後はよろしく頼みます」 先代の火影である猿飛に、彼は笑いながらそう告げた。 まっすぐ見つめる先には赤く染まった空。災厄をもたらす妖は里のすぐ傍まで迫り、一刻の猶予もない。 里の忍びのほとんどはかの妖を近付けまいと懸命に戦っている──彼らの信じる里の長が来るのを信じながら。 「……すまんな」 産まれたばかりの我が子を置いていくことも、その身体を犠牲にすることも──そして、彼自身が命を懸けることも。 いくら里を守ることが火影の役割だとはいえ、冷徹に受け止めることなど出来るわけがない。 その心の内を思えばこそ、先代は四代目に深く頭を下げた。 彼以外に、この現状をくい止めることができる存在などいないということも、また事実でしかない為に。 そんな猿飛に、彼に認められて次代を任された青年は困ったように小さく苦笑しながら肩を竦めた。 「先代が謝ることなんてこれっぽっちもないですよ。だって、これはオレの役目なんですから」 里の為に尽くすことに何ら躊躇いはない。 自分の命を懸けても守らなければならない、大切な場所なのだから。 「そして、オレはそのことを誇りに思っている……きっと、あの子も。だから、心配は無用ですよ」 そう言って、いつものように明るい笑みを浮かべた彼は、最後の後ろ姿を先代に向けた。 「──行くのか?」 「ええ。オレの大事な里ですから」 「そうか…」 片言だけ交わされた会話。 相手の顔さえ振り返らずに、四代目は口寄せの術を使った。 もう、彼の視線の先には里に災厄をもたらす九尾の姿しか見えていない。 「今までありがとう、先生」 微かに届いた声に、自来也は既に呼び寄せた大蝦蟇の背に乗った弟子を見上げる。 「頼む…四代目よ」 「先生、見て下さいよ! オレの宝物っ!!」 子供の頃と同じ調子で呼びかけられて、自来也は振り返った。 そこにいるのは金の髪をした教え子。今は里の長となった四代目火影がいた。 「なんじゃい、騒々しいのう」 呆れた口調で問えば、腕の中を見ろとばかりに差し出される。 その腕にはフワフワとした金の髪の小さな赤ん坊が抱かれていた。 「おお、産まれたのか」 目の前の青年と同じ髪の色は紛れもなく彼の子だということを伝えてくる。彼が口にした通り、彼が待ちに待った大切な宝だ。 「ええ。ほら、見て下さいよ。こんなに可愛いんですよ!」 産まれたばかりの子供はいまだ頼りなく、本来であればこんな風に外に出すのは憚られるものだろう。 「…ったく、シマリのねぇ顔だのう」 とろけそうな顔で腕の中の赤ん坊を見つめる四代目火影に、自来也が苦笑しながらそのことを指摘すると、 「ええっ!? こんなに可愛いじゃないですか!?」 驚きを前面に押し出して彼は言い返してきた。 「シマリがねぇのはお前だってぇの」 軽く額を小突かれた彼はキョトンとした表情を浮かべると、すぐに相好を崩した。 「あはは…だって、こんなに可愛いんですよ? 頬も緩むに決まってるじゃないですか」 嬉しさを隠せない笑みで、彼は告げる。 「本当に…こんなに愛しい存在があるなんて知らなかったなぁ」 「親にとって子供ってのはそういうもんだ」 自来也自身に子供はいないが、この目の前の青年を想う気持ちはそれに似たものだと彼は感じている。それは何とも言えない気持ちで、本当の親子であれば、この想いは更に格別なものに違いない。 ──それは何にも代え難く、愛おしいと想う気持ち。 「…そうですね。親になって初めて知りました」 嬉しそうに笑った顔は、父親の顔をしていた。 ほんの数時間前のことだ。 その時はこんなことになるとは思いもしなかった。 この明るい髪を持つ里長を、幸せを抱き締めたばかりのこの青年を、失うことになるなんて。 耳に届く戦禍の音。自分を呼ぶ里の者たちの声。 四代目が辿り着いたそこには、多くの木ノ葉の忍び達が倒れていた。 (みんな…っ!) 失った命に拳を握り締める。けれど、守れなかったことを悔いても仕方ない。 出来るのはこれ以上惨禍を広げないこと。 封印すべき存在は目の前にいた。 (これ以上里へは近付けさせない) 印を結び、四代目は九尾に金縛りの術をかけると、動けなくなった身体に飛び移った。抗う力は強く、いつまでも持ちこたえられるものではない。 四代目は力の限りを出し切って、施した術を発動させた。 (その力ごと、封印させてもらう) 自分の腹から伸びた死神の腕が、九尾の身体から魂魄を引き離す。暴れる九尾に、何度も引きちぎられそうになった。 それほどまでに強大な力。 魂魄を引き離したとしても、自分の身体だけではこの妖の魂魄を縛り付けることなど出来ない。 (ナルト…ッ!) 思い出すのは小さな我が子。 自分の魂ごと、あの小さな、そして、確かな力を秘めている身体に縛り付けるのだ。 「ぜっ…たいに…離すものか…っ」 体中が悲鳴を上げ、噛みしめた口元には血の筋が流れる。 チャクラのすべてを出し切っても、この腕は離してはならない。 妖狐が限界を見せ始めると、最後のチャクラを振り絞って印を結んだ。 「封印っ!」 死神の持つ短刀によって、九尾の魂魄がその身体から切り離される。 強い衝撃が四代目を襲い、彼は耐えきれず苦悶の声を上げた。 急速に薄れていく意識に封印が完了したことを知らされる。封印が完了すれば、術者自身もまた死神との契約により死ぬのだ。 (オレは守れた…?) 閉じゆく瞳に最後に映ったのは、魂魄を失い消えゆく九尾の姿。 (ナルト…) 暗闇の中で浮かび上がる金色の赤子。 大事な、大事な命。 思えば、その口元に笑みが浮かぶ。 (ずっと…君が産まれてくるのを楽しみに待っていたんだ) 『早く出てきて、一緒に色々なことをしよう』 呼びかけたことを覚えているかな? (ちゃんと約束…果たしたから…ね…) 父親として、オレは君に誇れるかな? 君にとって酷い父親かもしれないけど。 (生まれ変わっても…また君に逢いたい…な……) 何度でも。 何度でも。 ──金色の炎は最後に鮮やかな大きな光を残し、 そして、 消えていった。 オレンジレンジの「花」をイメージしながら。
九尾と対峙したシーンは完璧捏造でスミマセン…。そのうち出てくるのかもしれませんが、その前に書き逃げをしておかなければと思いまして…。 2004.11.29UP
|