【幸せという名のお弁当】



「……ねぇ、カカシ。いくら何でもこれはないんじゃない?」
 食べかけのパンを指さして、四代目火影は呟いた。
 食糧不足の国でそんなことを言ったら何を勿体ない事を言っていると怒られるだろうが、幸いなことに木の葉の里は食料に困っているわけではない。それに、曲がりなりにも自分は里長である。豪華とはいかないまでも、普通の食事を採らせてもらいたいと思うのは我が儘なことだろうか?
 そんな想いを滲ませた視線で、傍に立つ弟子を彼は見上げた。
 想像できた台詞にカカシは小さく溜息を吐き出すと、火影が指したパンについて語り出す。
「これね、ナルトが好きなパンなんですよ」
「ナル君が?」
「ええ。保育所でしか出ないものなんですけど。アナタに食べさせてあげたいからって、半分残しておいたみたいなんです」
「……え?」
 カカシの説明に彼は目を見開いた。それは驚愕の色を見せた後、すぐに隠しきれない嬉しさへと変わる。
「それでも何か文句がありますか?」
 言えるものなら言ってみろと思いながら、カカシは尋ねた。その返事として四代目はブンブンと音がしそうな程首を横に振ってみせる。
 先程までのいじけた気分は、一気にこの上ない幸福感へと変わっていた。
「そっか…ナル君が……」
 感動に打ち震えながら、四代目は食べかけのパンを大事に食していく。本当は記念に取っておきたかったぐらいだが、ナルトの好意を無にするのが申し訳なくて、いつもよりも時間を掛けてゆっくりと食べることを選んだ。
 きっと、普通にしていても美味しいパンなのだろうが、それにナルトの自分を思ってくれている気持ちが隠し味として入っているのだから今まで食べたことがないくらい美味しく感じられた。
「うん、幸せの味がする」
 満面の笑みを浮かべて、四代目はカカシを見上げる。暗に「羨ましいでしょ?」と言われてるのだろうが、あえてカカシは無視を決め、自慢する子供を宥めるような言葉でかわした。
「そうですか。良かったですね」
 心の中で大きく肩を竦めながら、カカシは威厳などない里一番の実力者の姿をその食事が終わるまで見つめていた。



「ナル君、お昼はお弁当ありがとうね」
「ただいま」よりも何よりも、四代目が帰宅して発した第一声はナルトへの感謝の言葉だった。
「とーしゃ、おいしかったってば?」
 小さな柔らかい身体を抱き上げると、すぐ傍で天使のような笑みが咲く。一日の疲れも、この一瞬で吹き飛んでしまうような気がした。
「うん。今まで食べてきたどんなお弁当よりもずーっとずーっと美味しかったよ」
 緩みきった顔で、里で一番の実力を持っているはずの忍びは言った。
 その親馬鹿な姿をやはり傍らで見つめながら、
(そうか…俺の一応丹誠込めて作った弁当も食いかけのパンに負けたってワケね…)
 カカシは口には出さず、心の中で恨みがましげに呟いてみた。だが、相手がナルトなので、怒る気など毛頭ない。
 それに、実は四代目には内緒だが、あのパンの四分の一をカカシはナルトから貰っていた。抱き上げたナルトが口布を引き下ろそうとするので、「何?」と訊ねたら、持っていたパンを口に差し出されたのだ。ナルト手ずから口に運んで食べさせてくれたことを聞いたら、この目の前の人物は泣いて拗ねるだろう。
(ま、確かに幸せの味はしたよね)
 その時の気分が食事に与える影響とはこんなにも大きかったのかと、改めて知らされた。普段、美味しいと感じることがないのは食べられれば良いと思っているからだろう。
(子供って不思議)
 ふと、視線を上げれば、四代目に抱き上げられたナルトが自分を見つめていた。
 笑いながら口元に「内緒だよ」と人差し指を宛てれば、ナルトはにっこり笑ってコクンと頷いた。
 その気配に四代目が振り向くけれど、カカシは何事も無かったように近寄りナルトをその肩から抱き上げる。
「あ、ズルイよ、カカシ」
「何がズルイんですか。ナルトはもう眠る時間ですよ」
「えーっ、もっとナル君とお話していたいのにー」
 どこの子供だ!と拳を握り締めるが、曲がりなりにも上司、それを振るうことをカカシは断念した。
「とーしゃ、またあしたねっ」
 宥めるナルトの方がよっぽど大人だ。
「ナル君にそう言われちゃしょうがないか…」
 しょんぼりと項垂れる父親に、ナルトは手を伸ばす。カカシはナルトがしたいようにその身体の動きを読み取って四代目へと近付けると、ナルトは父親の頭を抱えてその額に軽い音を立てて口づけた。その感触に四代目が唖然とした表情で顔を上げる。
「とーしゃ、おやしゅみ」
 綻ぶような笑みでナルトが言うと、四代目は「敵わないなぁ…」と苦笑を浮かべて、小さなナルトの額に同じ様に口づけた。
 その様子を間近で見せつけられ少々居たたまれない気持ちになっていたカカシの首に小さな手が絡みつく。
「かぁしも」
 その声に「え?」と思う間もなく、チュッと音を立てて柔らかな感触が右目に触れた。
「おやしゅみだってばよ」
 身体を離してようやく視界に収まるようになったナルトが、イタズラが成功した時のような笑みを浮かべてカカシに笑いかける。ビックリしたのと同時に何とも言えないくすぐったい気持ちが胸に沸き起こって、カカシはそれを隠すようにナルトから顔を逸らした。
「あーっ! カカシ、ズルーイっ!!」
 その光景にまたもや四代目の拗ねた声が響く。
「四代目…」
 呆れて何度言ったか解らないお小言を口にしようとしたら、
「悔しいから僕もっ」
 そう言った手に顔を引き寄せられ、ナルトと同じ所に口づけられた。
「!?」
「おやすみ、カカシ」
 顔だけなら極上の上司がにっこりと笑って告げる。ナルトの時のように驚いたのは一瞬で、カカシはすぐにその目を据わらせた。
「……俺はまだ寝られませんよ。それとも、何ですか? 四代目はあの持ち帰ってきた仕事を残して寝る気でいるとか言いませんよね?」
 自分が寝られないのは誰の所為かと棘を含んだ声でカカシが畳みかけるように言うと、四代目の極上の笑みはすぐに引きつった笑みへと変化する。
「や、やだな…解ってるってば」
「だったら、良いんですけど。じゃあ、ナルトを寝かせ付けて来ますから、ちゃんと仕事しておいて下さいよ」
 持って帰ってきた書類を指さして、今度こそナルトを寝かせ付ける為にカカシはその場に背を向けた。
「……りょーかーい」
 力無い声がカカシの声に応じる。そんな四代目に愛息の甘く可愛らしい声が掛けられた。
「じゃあね、とーしゃ」
 カカシの背中越しに手を振るナルトに、四代目はお預けを食らった犬のような目で視線を向ける。
「ナル君〜また明日ね〜」
(まったく、今生の別れでもなし…)
 毎夜繰り返される一場面に、カカシはひっそりと溜息を吐き出した。










この話(パンネタ)は某ラジオ番組で聴いた話があまりにも可愛かったので使わせて頂きました。聴きながら、「四代目だったら、絶対泣く!嬉しくって号泣する!」とか思いながら聴いてました。(特に)車の中はいつも妄想空間です。

サクヤ@管理人
2004.11.08UP