【七夕】



 七月七日と言えば七夕だ。
 織姫と彦星が一年に一度会うことを許された日。そのついでに願い事まで叶えて貰おうという、いささか強引な行事が行われる日でもある。
 それでも、短冊や折り紙で作られた輪っかなどで飾られた笹はやはり季節物として見る者の目を楽しませ、うずまき家でも当然飾られた笹の前には浴衣に着替えた親子二人が立っていた。
「ナル君、願い事は書いた?」
「んっ」
 大きくこっくりと頷く我が子に「可愛いな〜」なんて顔を緩ませながら、四代目はその短冊に手を伸ばす。どんな内容が書かれているのか知りたかったからだ。
「ナル君はなんて書いたの? お父さんに見せてくれる?」
「ナイショだってばよ!」
 なのに、思いもかけずナルトの抵抗に遭い、四代目はきょとんとした表情を浮かべると、すぐに相好を崩して小さな我が子を抱き上げた。
「解ったよ。ナル君のお願い事見ないから、安心して良いよ」
 小さなナルトの手は必死に短冊を握っている。どうあっても見せない心意気が伺われ、四代目は苦笑を浮かべながら、ナルトの身体を更に上へと高く持ち上げた。
「う?」
「願い事が叶うように、一番高い所にくくりつけようね」
 父親の言葉に今の状況を納得すると、ナルトは自分からも身体を伸ばして高い場所へ短冊をくくりつけた。
「できたってばよ!」
 誇らしげに言う姿が何とも可愛らしい。
 堪えきれず、四代目はナルトをそのまま胸に閉じこめ抱きしめる。
「ナル君、カワイイッ!!」
「このバカ火影」
 しかし、間髪入れずパシンと小気味の良い音を立てた容赦ない突っ込みが四代目の後頭部に炸裂した。
「てっ」
「かぁしっ」
 四代目に抱かれて後ろを見ていたナルトは、嬉しそうにその人物の名前を呼ぶ。勿論気配で解ってはいたが、四代目は乱暴な弟子に恨めしげな視線を向けた。
「カカシ君…一応ボクは君の師匠であり、上司であり、里長であったりするんだけど?」
 扱いに不満があると遠回しに告げる四代目に、カカシは「何を今更…」と言わんばかりの呆れた視線を向けるだけで謝罪の言葉など欠片も口にするつもりはなさそうだった。
「人格的に尊敬できる人物なら、そういう扱いをさせて頂きます」
 更に追い打ちをかけるようにきっぱりと言い切られ、四代目は顔を引きつらせる。
 つまりは、そう思われていないということだ。
「酷いよねー、ナル君」
 四代目は息子に慰めて貰おうと、いじけた口調でそう言いながらナルトの柔らかな頬に自身の頬を押しつけた。そんな父親の後頭部に手を伸ばすと、ナルトは「いいこいいこ」と小さな手の平で撫でてやる。そこは先程カカシの突っ込みを入れた部分だった。
「かぁし、とーちゃんいじめちゃメッだってばよ」
 膨れて怒った顔を向けられれば、ナルトに勝てないカカシは「はいはい」と早々に右手を挙げる。
「解ったよ、いじめないよ」
(とりあえずこの場ではね)
 と心の中で付け加え、カカシは伸ばした手でナルトの頭を撫でた。撫でられたナルトは一気に顔を綻ばせ、満面の笑みを浮かべる。それを見たカカシは唯一見える目を緩ませ、「ナルトはカワイイな〜」と目の前の駄目な大人と同じことを思ってしまった。
 だが、すぐにそんな自分に向けられる視線に気づいたカカシは慌てて咳払いをすると、本来の目的を遂行すべく口を開いた。
「四代目」
 改まって呼ばれ、四代目はカカシを振り返る。
「ん?」
「本日の七夕行事を執り行うのにまずは里長が挨拶をされることはご存知ですよね?」
 しっかりと、目の前にいる人物の目を見据えてカカシは告げた。
 突然告げられた内容に、四代目の顔から血が引いていく。
「…え?」
 間の抜けた声が、見た目だけならばこの上なく良いとされる顔の、その口から上がった。
「そー…だったっけ?」
「そうなんです!」
 怪しい返事を返す四代目に、カカシはきっぱりと肯定してやる。
「ナルトは俺が預かりますから、四代目は役目を果たしてきて下さい」
「えええええっっっ!?」
 奇矯な声を上げる四代目を無視し、カカシはナルトをその腕から奪うと、押し出すようにその背を押した。
「ああ、そうだ。先生のクナイを会場に置いてきたから、瞬身の術使えますよ」
「うわ〜…カカシ君気が利いてるぅ〜」
 至れり尽くせりのカカシに四代目は引きつった笑みを浮かべながら言う。内心、「間に合わなければそれでもいいんじゃないかなー」なんて考えていたことは口が裂けても言えなかった。
「解ったら、ちゃっちゃと行く!」
 まるで子供に言い聞かせる母親のようなカカシに、四代目は行かざるを得なくなる。いや、元より行かなければならないのだが。
「な、ナル君、すぐ戻ってくるからねっ!」
「とーちゃん、いってらっしゃーい」
 カカシの腕に抱かれながら、ナルトは笑顔を浮かべて父親を見送る。その姿に後ろ髪を引かれながらも、四代目は瞬身の術を使って自分を待つ会場へ向かった。
 カカシがクナイを設置してきたのは挨拶を行う台上の上だけに、きっと、観衆は突如現れた里長に歓喜することだろう。
 慌てて着崩れた浴衣を纏っていたとしても、そこまではカカシの責任ではない。
「かぁし」
「ん?」
 呼ばれて下を向けば、腕の中でもぞもぞと動いていたナルトが、袖にこっそりと隠していたらしい短冊を取り出してカカシを見上げている。
「これ、とーちゃんにバレないようにつけたいってばよ」
 そして告げられたお願い。
「四代目にバレないように…?」
 それは少し難しい問題だなぁ…とカカシは首を捻った。
 一応、あれでも、曲がりにも火影なのである。ちょっとやそっとでは誤魔化せやしないだろう。
「ナルトはそれを見られたくないの?」
「…だってばよ」
 ナルトらしくなく小さく頷く姿にカカシはポリポリとこめかみを掻く。少し悩んで、ある提案をした。
「んー…もうちょっと違うのにしてみようか。見つけにくいように、ね」
 安心させるように笑いながらそう言うと、ナルトの顔に笑みが戻る。
 カカシはナルトの希望に添えるように新たな短冊を作ると、それに合わせたペンで願い事を書き直させ、そして一番目に付かないような下方の葉が多い場所にその短冊をくくりつけるように指示した。
 本当はカカシが手伝った方がより効果的なのだろうが、カカシにもその内容を見られたくないからとナルトに断られてしまったのだ。
「ここでもおねがいきーてもらえるってば?」
 先程は願い事が叶うようにと一番高いところに短冊をくくりつけたナルトは、心配になってカカシに尋ねる。
「大丈夫だよ。神様は見逃したりしないから」
 ナルトの心配を払拭するように笑みを浮かべるカカシに、ナルトは「よかったぁ」と笑みを零す。
 四代目はその後の宴会に引き込まれたのか返ってくる様子はなく、カカシはナルトと二人で七夕飾りを見て涼んでいた。
「今日はせっかくお父さんと一緒だったのにごめんね」
 仕事はしてもらわなければ困るが、ナルトの寂しい気持ちも分からないではない。そう思ってカカシが謝ると、ナルトは首を横に振った。
「おしごとだからしかたないってばよ」
 物わかりの良いナルトに苦笑を浮かべると、カカシはその身体を引き寄せ優しく抱きしめた。柔らかな腕が首に回され、カカシの胸に顔が埋められる。口にしないだけで本当は寂しいのだろう。
 そうして抱き上げている内にカカシの耳にすぅすぅと心地よい寝息が届いてきた。
「ナルト、寝ちゃった?」
 問いかけにも答えないところを見ると、すっかり眠りに落ちてしまったようだ。父親に見つからないようにと、神経を使って疲れたのかも知れない。カカシは室内に移動すると、そっと布団を敷き、その上に小さな身体を横たえた。
「ただいま〜」
 ようやく解放されたのか、玄関から疲れ切った声が帰りを告げる。
「しぃっ」
 部屋に現れた四代目に、カカシは口元に指を立てて静かにするように注意した。
「ナル君、寝ちゃったんだ…」
 布団の中にいる我が子を見て、残念そうにガクリと項垂れた四代目はそのまま柱に寄りかかる。
「せっかく今日はずっと一緒にいられると思ったのになぁ…」
「すみませんね」
「んーん。お仕事ですから」
 肩を竦め謝るカカシに、四代目はいつもの明るい笑みを浮かべて笑いかけた。
「カカシ君は悪くないよ。いつもありがとね」
 逆に労われてカカシはくすぐったい気分になる。あげくにポンポンと頭を撫でられて、いつもは無表情の顔に朱が走った。子供の頃からの付き合いのせいか未だに子供扱いが抜けない師は、大きくなった今でもカカシの頭を撫でる癖が抜けないでいる。恥ずかしいと思いつつも、それが気持ち良いとカカシが感じているのもまた事実だった。
「あ、そうだ」
 軒先に目を遣った四代目が思い出したように声を上げる。
「ナル君の短冊見せてもらえなかったんだよね。お願い、何書いたのか今の内に確認させてもらおっと」
 ナルトが寝入っているのを良いことに、四代目は可愛い息子のお願いを盗み見しようとしていた。
「……ナルト、知られるの嫌がってたんじゃないですか?」
「んー、そうだねぇ」
 上の方に身体を伸ばし、四代目はナルトがくくりつけた短冊に書いてある内容を確認している。
「でもさ、親としてはやっぱり知りたいわけ。もしも叶えてあげられるような願いだったら叶えてあげたいしね」
(この親馬鹿…)
 四代目の言葉にカカシは頭に痛みを覚えた。
「えーと、なになに…」
 カカシの気も知らずに四代目はナルトの短冊の内容を知ることに夢中だ。黄色い短冊に書かれた辿々しい字を四代目は微笑ましく思いながら見つめる。
 短冊に記された願いは、常日頃ナルトが口にしていることだった。
『ほかげになりたいってばよ』
「あはは。カワイイなー。……ん?」
 四代目は隅っこの方に小さくぶら下がっている短冊に気づく。
 それはこっそりと、笹の葉に紛れる色合いと形をした短冊だった。
(あ…ごめん、ナルト…)
 やはり無理だったか…と、カカシは心の中で早々にナルトに謝罪する。
「流石忍者の卵だね。だけど、僕の目は騙せないよ」
 それで騙せてしまうような火影だったら、すぐさま辞めてもらった方が良い――師匠の傍らで、仕掛けた本人でありながらカカシはそんなことを思ってしまう。
(……というか、既に火影としての威厳なんてないんだけどこの人…)
 ナルトの成長と共に親馬鹿度も成長していってる四代目火影に、カカシは諦めにも似た気持ちを抱いていた。
「字まで同色かー。何? カカシ君の入れ知恵?」
「……そうですよ。そこまで見られたくないって思ってるのにどうして見るんですか、アンタは」
「だから、親の性だってば」
 にこにこと笑いながら罪悪感の欠片もなく言う四代目に、カカシは少しだけナルトに同情した。
「なんて書いてあるのかなー?」
 四代目は笹の形をした短冊を手に取り、その字を追う。悪戯っ子のような表情が、一転して真剣なものになり、そして、四代目は座り込んでいた膝の上に顔を伏せた。
『とうちゃんとずっといっしょにいられますように』
 そこに書かれていた想いが嬉しくて、切なくて――四代目は堪らない気持ちになる。
「…………」
 押し黙ってしまった四代目にカカシは怪訝そうな表情で近づく。あと一歩で辿り着く寸前、不意に声がかけられた。
「ねぇ、カカシ君」
「はい?」
 一歩距離を置いたまま、カカシは返事を返す。それ以上近づくことは躊躇われ立ち止まったままだ。
「馬鹿な親でも良いかな…」
 顔を伏せたままのこもった声が問いかける。
「は?」
 突拍子もない四代目の台詞に、カカシは更に眉を顰めた。
 ナルトに申し訳ないと思いながら覗き込んだ手元、そこに書かれていたものから四代目の言葉の意味に気づいたカカシはポリポリと頭を掻くと諦めの溜息と共に呟く。
「もう今更でしょ」
「ひどいなー」
 苦笑してると思われる声が、伏せたままの場所から聞こえた。
「……オレの願いとナル君の願い、叶えても良いかな」
「神様に願うんじゃなくて、実力行使ですか…」
「だって、ね」
 見上げた場所には四代目の書いた短冊がくくりつけてあった。
『ナルトとずっと一緒にいられますように』
 堂々と、誰に見られても恥ずかしくないと、いや、いっそ見せびらかしたいぐらいの想いでくくりつけたそれ。
 もう、それは絶対自分で叶える気ではいたけれど、ナルトも同じ想いでいたことが凄く嬉しくて、四代目は泣きたい気持ちを覚えた。
「ま、叶えられるか否かは先生次第ですから頑張って下さい」
 すげなく返ってきた声に四代目は「?」と首を傾げて弟子を見上げた。
「どうせ一生を通してだけじゃなく、片時も傍から離れたくないってことでしょう。特に先生の場合」
「そ…そうだけど……」
 流石写輪眼。見事な読心術だ…と戦き感心する四代目だったが、読心術など使わなくてもその胸の内がありありとバレていることには気づけなかったらしい。大体、カカシの左目は隠したままだ。
「今日もナルト言ってましたからね。『仕事だから仕方ない』って。だったら、サボってまで一緒にいてもらっても、きっと嬉しくないですよ。何しろ、ナルトの憧れ、里一番の忍びである火影なんですからね、アンタは」
「ナルトの憧れ」を強調し得々と言い聞かせるカカシに、四代目は小さな声で「はい…その通りです」と反省するような声で粛々と受け止めた。
「少しでもナルトと一緒にいたかったら、早く仕事を終わらせる術を覚えましょうね」
 にっこりと笑って締めくくった弟子に、四代目の頭には「早く隠居しようかな…」などと考えが過ぎったが、すぐにそれは消え去る。
 ナルトの憧れである火影。その座を他の者に渡すのはかなり勿体ない。
(それに、次の火影はナル君かもしれないしね)
 ならば、その時に立ちはだかってあげるのも親の優しさだろう。そう思うと、四代目は胸がわくわくとしてくるのを止められなかった。
(あー、早くナル君成長しないかな)
 未来に思いを馳せ一人悦に入った笑みを浮かべる師匠に、カカシの冷たい視線が降り注ぐ。写輪眼を持ってしなくても見抜けてしまう思考の持ち主に、この里のすべてを預けているのが心配になったのは言うまでもない。
(でもまぁ、とりあえず今はこのまま)
 四代目は立ち上がり室内に戻る。そこには父親の中で勝手な未来予想図が描かれていることなど思いもせずに健やかに眠るナルトがいた。
 そのあどけない寝顔に、四代目の口元には笑みが溢れ、零れてしまう。
(ずっと傍にいてもらいたいんだけどね)
 眠る愛しい我が子の顔を覗き込み、四代目はまろやかな額に口づけてそう願った。


 一年に一度しか会えない恋人達の夜に、ずっと一緒にいたいなんて願いは我が儘かもしれないけど。
 この子のためにだったら一生懸命働くし、これ以上の我が儘なんて言わないからさ。

 ――だから、叶えてよ。ね、神様?










遅くなりましたが、七夕に願いを込めて...。
相変わらずな親子とカカシなのでした☆

サクヤ@管理人
2005.07.11UP