【追想】




 金の髪は彼の人を思い出させる。
 明るく微笑うその顔も、時を巻き戻したような錯覚を思い起こさせる。
 無邪気に笑う人だった。
 大人のくせに子供のようで、その奔放さに何度振り回され、何度窘めたか解らない。
 それでも懲りたことなんてなくて──最後までその我が儘に振り回された。


『四代目、俺も行きます!』
 死地へと向かおうとするその人に、共について行かせてくれと頼んだ。
 だって、その存在は自分にとってかけがえのないものだったから。
 失うことなんて出来ないものだったから。
 だから、無理を承知で縋った。 
『ダーメ。カカシはここにいなさい』
 四代目火影の証である羽織を着て、彼はすげなく応える。
『でもっ!』
『カカシが強いのはよく知ってる。でも、駄目。我が儘は聞いてあげない』
 キュッと唇を噛みしめる。この人の物言いはズルイ。いつもは子供のような表情を見せるくせに、こういう時だけ有無を言わせぬ強さを持っている。
『……置いて逝かれるのはごめんです』
 そんな我が儘を聞くような相手ではないことは知っていた。
 それでも退くことなど出来なくて、言うことなど聞くものかと強い視線で見上げる。
 そんな自分をどう思ったのか、嬉しいような哀しいような複雑な表情で、自分の中の絶対者は笑った。
『それじゃあ、任務を与えるよ。カカシはオレの暗部なんだから、オレの命令は絶対だよね?』
 やはりこの人はズルイ。逆らえないことを知っていて、こんなことを言うのだから。
『里を守って』
 命令されなくたって、それは当然のことだった。それでも、それを命令だとこの人は言う。
 自分の後など追うことのないように。少しでも命を散らす確率を減らす為に。
『里に育つ小さな木の葉たちを守って。その中には俺の大切な命もあるから』
 多分、彼の中ではその中に自分も含まれているのだろう。
『重要な任務だろう?』
 言い返せずに小さく頷いた。だって、この人はこの里を守る為に命を懸けようとしている。その守ろうとしているものの一端を任されているのだ。逆らえるわけがない。自分もまた、この里を守りたいと思っているのだから。
『先生を信じなさい』
 銀色の髪に温かな手が置かれる。
『これ以上、アイツを里には近付けさせないから』
『信じてます…だから、無事に帰ってきて下さい』
 その言葉に、彼は困ったように微笑んだだけだった。
『ホントに…カカシは我が儘だなぁ』
 一瞬泣きそうに歪んだ顔。それでも笑みを絶やさなかったのは最後まで自分を安心させる為。
『オレの子を頼むね。カカシも、生き残らないと許さないよ』
 どう許さないと言うのだろうか。生きて戻れるなんて思っていないくせに。

 ──ああ、でも、自分はこの人の言うことを聞いてしまうんだ。それがどんな我が儘だって。

『たまには…俺の我が儘を聞いてくれたって罰は当たらないと思います』
『我が儘はオレの十八番だから無理』
 これだけは譲らないよ、って笑いながら、本当の我が儘は却下された。
 どちらの方がより我が儘だったなんて比べようもない。 
 だって、どちらも大切なものの為に出た本心だったのだから。
『じゃ、頼んだよ』
 ちょっと出かけてくるといった口振りでそう言ったきり、振り返りもしないで彼は行ってしまった。

 約束は守られた。彼は妖を里へは近付けさせなかった。

 そうして、小さな、身体いっぱいで泣いている赤ん坊を目にしながら、カカシはその腹に手を伸ばした。
 そこには未だ浮かび上がっている封印式。

(先生?)

 消えた妖。倒れた英雄。
 彼は自分と共に封印したのだ。里に災厄をもたらした妖を。
 彼が残した大切な存在の内に。

 この子は、親を失ったことを知らない。
 この子が泣いているのは赤子だからだ。
 その哀しみからではない。

 それとも、微かな感覚の中でこの子は気付いているのだろうか?
 傍にあったはずの温もりを失ったことを。

 カカシの頬に涙が伝った。

『……産まれたばかりの子供にまで我が儘を言う人がいますか…』

 小さな身体を抱き上げて、その腕に抱き締める。

 穿たれたばかりの哀しみはあまりにも深くて、残された想いを昇華することなど出来ないと思っていた。

 それでも月日は流れて、新しい木の葉たちはすくすくと成長していく。
 あれだけ深かった傷痕も、なくなりはしないけれど、薄れていった。

(アナタの残した大切な命もこうして大きくなっていますよ)

 ──いつか火影になると、アナタの跡を辿るようにね。