【バレンタイン・デー 後編】 (うええええええっっ!?) 突如抱き上げられて連れてこられたのは町の中心から少し離れた場所だった。 ナルトを地上に降ろした四代目は、小さな笑みを浮かべながらナルトの顔を覗き込む。 「ビックリした?」 問いかける優しい声に、ナルトは目を驚きに見開いたままコクコクと頷いた。心の中では声にならない叫びをあげながら。 (ビックリしたに決まってるってばよーっ!!!) まさか瞬身の術でこんな場所まで連れてこられるとは思っていなかったのだ。しかも、今まであの術で運ばれた経験などないのだから、興奮と驚きに声が出ないのも仕方のないことだろう。 「ごめんね、急に連れてきちゃって」 あまり申し訳なさを感じさせない様子で四代目が謝ると、ナルトはブンブンと首を振り、 「それよりも、お仕事はいいんですか?」 開口一番そんなことを尋ねた。いつも仕事に追われている父親を知っているだけに、そのことが一番気がかりだった。 「あ、うん。大丈夫だよ。有能な秘書を置いてきたことだしね」 にっこりと笑ってそう告げるが、秘書がいくら有能でも、仕事を片づける張本人がいなくては意味がないのではないだろうか? そう思いながらナルトが大きな青い瞳でジッと見上げると、四代目は苦笑して肩を竦めた。 「本当に大丈夫だよ。それよりチョコレートの御礼も兼ねて好きな所へ連れて行ってあげるけど、どこがいい?」 「え…? 本当に?」 ナルトは思わず素に戻って聞き返してしまう。忙しい父親と任務のある自分では時間の合う時が少なくて、こんな機会は滅多にない。だから、そんな言葉を聞いてしまうと、いけないと知りつつも心がぐらついた。 「ん。こんな可愛い子にチョコレート貰ったんだから、それぐらい当然でしょ」 満面の笑みで頷く四代目に、ナルトの眉が疑わしげに寄せられる。 (…父ちゃんってば、いっつもこんな風に女の子誘ったりするのか?) 嬉しい反面、不審に思わずにはいられない。 「ん? どうかした?」 「と……火影様って、いつもこんな風に女の子を誘うんですか?」 堪らずに問えば、四代目は驚いたような表情を浮かべ、そして、即座に否定の言葉を口にした。 「ううん、そんなことないよ。え…っと、こんなこと言うと怒られちゃうかもしれないけど」 「?」 少しだけ言い淀む四代目に首を傾げれば、苦笑いと共に答えが返ってくる。 「君、息子に似てるんだよね」 向けられた台詞にナルトはドキッとした。 (こ…こーゆー風に言うってことは、バレてない…んだよな?) 「そ、そーなんですか?」 表面上は乾いた笑いを浮かべたナルトだが、心の中は冷や汗でいっぱいだ。 「うん。だから、つい誘っちゃった」 あっけらかんと告げる四代目に脱力感を感じ、ナルトの肩が落ちる。 (誘ったっていうか、アレってば拉致な気がすんだけど?) それでも自分に似ているから(本人だが)と思えば仕方ないことかもしれない。そんな曲がった答えが出てくるぐらいに、四代目の自分への親馬鹿ぶりを知っているナルトだった。 「もしも行きたい所がないんだったら、オレの行きたい所でもいい?」 「どこ…ですか?」 父親の行きたいところが解らず、ナルトは首を傾げながら尋ねる。 「あそこ」 四代目が指さした先にあるのは木ノ葉にただ一つ存在する遊園地だった。 「ゆー…えんち?」 それを確認したナルトは呆然とした表情で呟く。 (…まさか最初からここが目当てでこの場所に移動してきたとか?) かなりの可能性でそれは考えられた。どんな場合に於いても、四代目の行動の先には必ず目的がある。ということは、ただ単に四代目自身が遊びたかっただけなのではないかと、ナルトは父親を疑いの眼差しで見つめた。 「ダメ?」 ナルトの訝しげな視線にも負けず、四代目は困ったように笑みを浮かべてナルトに問いかける。それだけでナルトが白旗を揚げるには十分だった。 「ううん」 ナルトが首を振ると、四代目は明るい笑みを浮かべる。それを見てナルトも微笑んだ。 「じゃあ、行こう」 手を差し伸べられて、戸惑いながらもナルトはその手を掴む。 (今日だけは特別だってばよ) 変化したままで父親を騙すのも、こうして二人でデートをするのも。 (カカシ先生、ごめんな) 心の中でこの機会をくれた上司に謝ると、ナルトは四代目の手に引かれるまま園のゲートを潜っていった。 「あれに乗ろっか」 四代目に手を引かれ、ナルトが最初に乗り込んだのはジェットコースターだった。 「うわーっ! うわーっ! うわーっっっ!!」 そんなに高い所から降りてくるわけではないが、それなりのスピード感に興奮してナルトは声を上げる。 ボロが出ないように話すことを避けていたナルトだったが、子供のように声を上げて四代目が笑うと釣られるように笑った。 「次はあれに乗ろう!」 そんな風にその後も色々と連れ回され、疲れたと思う時には見計らったように四代目がジュースやソフトクリームを差し出してくれた。 「あ、りがとう…ございます」 受け取って礼を言えば、満面の笑みが向けられる。 「どういたしまして」 (なんか変なの……) 父親を驚かそうと正体を隠しているナルトにとっては、父親と一緒でありながらいつもと同じように接することも接されることもない。 いつも優しい父親だが、優しさの質が違うように思えて、慣れぬ違和感にナルトは眉を寄せた。 「つまらない?」 ナルトの様子に気付いたのだろう。四代目の気に掛けた言葉にナルトはブンブンと首を振って否定した。 「そう? だったら良かった」 綺麗な笑みを向けられ、ナルトはそれまで考えていたことを遠くへ追いやる。 (父ちゃん楽しそうだし、今は騙しきるのが大切だってばよ!) 渡したチョコレートを開けられたらその場でバレるような嘘だが、それでも父親が楽しんでくれているのがナルトは嬉しかった。 お化け屋敷にメリーゴーランド、そして最後は観覧車。 時折軽い食事を採りながら、一通りのデートコースを満喫し、四代目とナルトは出口に向かって歩いていた。 「ああ、楽しかったなぁ」 そう言った四代目がいつも自分に向けるような笑みを浮かべると、ナルトは胸が締め付けられるのを覚えた。 (俺以外とでもこんな楽しそうな顔するんだ…) ナルトは複雑な顔で父親を見返す。馬鹿みたいな話だけれど、ナルトは自分に嫉妬していた。 「君は? 楽しかった?」 四代目が尋ねるとナルトはコクリと頷く。それを見て、彼は安堵したように微笑んだ。 (父ちゃんを喜ばすこと出来たんだよな? だったら今日の計画は成功だってばよ。俺も、「ありがとう」って言わなきゃ…) 「あの…」 顔を上げた目の前に父親の秀麗な顔があって、ナルトは驚いて目をつぶってしまう。 (ととと…とーちゃんっ!?) 内心の焦りを何とか押さえてジッとしていると、ナルトの額に柔らかな感触が触れた。 「今日はありがとね、ナル君」 「!?」 額へのキスと共に告げられた言葉に、ナルトはバッと顔を上げて四代目を見つめた。 「父ちゃん、気付いてたってば!?」 「あったりまえでしょ。可愛いナル君のチャクラが解らないほど薄情じゃないよ?」 笑う四代目にナルトはガクリと肩を落とす。つまりは騙すつもりで騙されていたのである。やはり、そんな簡単に騙せるような相手ではなかったのだ。 「……なぁーんだ」 気の抜けた表情のまま、ナルトは術を解く。そこに現れたのは四代目の最愛の息子だった。 「安心したでしょ?」 いつもの笑みで問い返され、心の内まで見透かされていたのかと思ったらナルトは恥ずかしいやら悔しいやらで赤くなってしまった顔を俯かせる。 (自分にやきもち妬いてたのバレてたってばよ…) 「女の子のナル君も可愛くて、お父さん、すごく得した気分だったよ」 可愛くてしょうがないといった表情で、四代目はナルトを引き寄せて抱き締める。 「俺だって解ってたからデートに誘ったってば?」 ナルトが拗ねた表情で見上げれば、 「勿論。だって、お父さんはナル君一筋だからね。そのナル君にチョコレートなんて貰ったら、嬉しくて仕事なんて手に着かなくなっちゃうよ」 だから、デートに誘ったのだと暗に告げられる。 頬にチュッと軽い音を立てながらキスをされて、ナルトは膨らませた頬を萎めた。この歳になっても恥ずかしげもなくそんなことをする父親に、ナルトの方が恥ずかしさを覚える。その頬は夕焼けのせいだけではなく赤く染まっていた。 「今日チョコレート渡したのは、お世話になっている人に感謝する日だからってサクラちゃんに聞いたからだってばよ」 「だからチョコレートくれたんだ」 突然のチョコレート贈呈劇の裏側を知り、四代目は納得する。そして、息子の賢い友人に心の中で深く感謝した。 「うん。……いつもありがとうだってば」 照れながら礼の言葉を口にするナルトに、四代目の瞳は愛しげに眇められる。 「今日も、一緒に遊べて楽しかったってばよ」 ニッと笑ってみせるナルトに、四代目も満面の笑みで返す。 「カカシ先生にも感謝しなくちゃ…っと、もうチョコは渡したんだったっけ」 その言葉に四代目のこめかみがピクリとひきつった。 「……何? ナル君、カカシ君にチョコレートあげたの?」 そう言えば…と、四代目はカカシが自慢げに見せていた包みのことを思い出す。 「うん。父ちゃん驚かそうと思ってあの格好してたから、執務室に入れなくってさ。だから、カカシ先生に手ぇ貸してもらったんだ。チョコレートはその代わりにあげたんだってばよ」 「へぇ……」 ナルトの説明を聞く四代目の顔は笑みを浮かべているのに、その声はとてつもなく冷たい。けれど、ナルトはそのことに気付かなかった。 (カカシ…感謝はするけど、容赦はしないよ?) それとこれとは話が別だからね、と、四代目は最近めっきり可愛くなくなった弟子の顔を思い浮かべる。 「だから、父ちゃん。これから帰って仕事済ましてくるってばよ」 「えっ?」 突然のナルトの言葉に四代目は間の抜けた顔で息子を見返した。 「仕事忙しいのに抜けてきたんだろ? みんなに迷惑かけるのはダメだってばよ」 眉根を寄せながら、ナルトは火影の仕事を放り出してきた父親を窘める。 それが自分の為なら、余計にこれ以上の迷惑はかけられない。 そう思うナルトの心を知りながら、それでも名残惜しくて、四代目は寂しげな表情を浮かべて見せる。 「せっかくのバレンタイン・デーなのに…」 「もう十分俺は楽しんだってばよ。父ちゃんも楽しかっただろ?」 「そりゃあ…」 楽しくなかったかと聞かれれば、それはもう思い切り楽しませて頂いた四代目としては首を縦に振るしかない。 「だったら、今日サボった分は取り返しておかないとな。また大変になるだけだってばよ」 ──正論である。 「ナルトにそう言われちゃあ仕方ないね。それじゃあお父さんはこれから仕事に戻るよ」 重い腰を上げて四代目はようやく動き出した。その四代目の背中にナルトの声がかかる。 「父ちゃん」 「ん?」 呼び止められて振り向けば、ニッと笑ったナルトの笑顔。 「あげたチョコ喰って頑張れよな」 親指を立てて激励をするナルトに、四代目は柔らかく微笑みを返す。 「そうだね。夜食にありがたく頂こうかな」 「おうっ」 ナルトは照れ臭そうに笑って頷くと、タッと走り出した。 「オレ、先に帰ってるから!」 大きく手を振るナルトに、四代目は慌てて声をかける。 「気を付けて帰るんだよ」 「子供じゃないんだから大丈夫だってばよーっ!」 心配症な父親に苦笑し、ナルトはそう返すと今度は振り返らずに去っていった。 ナルトの姿が視界から見えなくなると、四代目は来た時同様に瞬身の術を使って火影の執務室まで移動したのだった。 「火影様っ!」 突如執務室に現れた四代目に、周りから声が掛かる。 「や、ごめんね」 少しだけ申し訳なさそうな笑みの中には隠しきれない嬉しさが含まれていて、冷たい視線が四代目を刺した。 「今日こなすはずだったお仕事、これからすべて片づけて頂けるのでしょうね?」 四代目の側近中一番年上の人物が、念を押すように尋ねる。火影に対して失礼な聞き方かもしれないが、これ以上の仕事の遅れは勘弁願いたい一心故の言葉だった。 「勿論。その為に戻って来たんだからね」 あっけらかんと頷く四代目にこめかみを引きつらせる者数名。 「っと、その前に」 四代目はイスに座ると、ナルトから貰ったチョコレートの包みを開けた。 そして、それを見てボソリと呟く。 「……これじゃ、お仕事手抜き出来ないね」 ワクワクとしながら開けた箱の中には、『お父さん頑張って』と書かれたハート型のチョコレート。 既製品のそれにこれ以上ない程の愛情を感じて、四代目の顔が自然綻ぶ。 「まったくもう…敵わないなぁ…」 額に手を当て、四代目はクスクスと笑いを漏らした。 「……四代目、お幸せそうですね……」 「え?」 声を掛けられて見上げれば、恨めしそうな表情をした部下の顔、顔、顔。 「えー…っと…………これから頑張ってお仕事やらせて頂きます」 流石に罪悪感を感じ四代目は冷や汗を一筋流すと、目の前に山と積まれた書類を手に取る。 「あ、皆さんは帰って良いですよ」 そう言ってにこやかに間に入ったのは、四代目逃走の一端を担ったカカシだった。 「カカシ…」 「大丈夫ですよ。多分今日はこの人も逃げないでしょうから」 今日は、と付け足す辺りが四代目を信用していない所ではあるが、それは四代目自身を含めたここにいる全員が知っていることなので、あえて異論が唱えられることはない。 「逃がしちゃった責任は俺にもありますしね。皆さんも今日はそれぞれご用がお有りでしょう。後は俺と四代目で片づけておきますので、安心して帰って下さい」 最初は皆、「そうは言われても…」と躊躇っていたが、 「カカシがそう言うのなら…」 「そうさせてもらうか」 そう決めるが早いか、早々に執務室を後にしていった。やはりそれなりに所用がある者が多いらしい。 「いいなー」 それを羨ましげに見送る四代目。 「昼間サボっていた人の台詞じゃないでしょ」 肩を竦めると、カカシは「はい」と言って、急ぎの書類を四代目の目の前に積む。「ま、ね」と言いながら、四代目はそれらの書類を手に取った。 「そう言えば、カカシ君もナルトからチョコレート貰ったんだって?」 書類に目を走らせながら、さりげない様子で四代目はナルトに聞いた話をカカシに尋ねる。 「ええ、貰いましたよ。愛情いっぱいのチョコレートを」 唯一表情の見える片目を笑みの形に変えたカカシは、更に余分な言葉まで付けて肯定した。 「……オレが聞いた限りでは脅し取ったような感じだったけど?」 書類から目を上げた四代目がにっこりと微笑む。 「そんなことありませんよ。ナルトはちゃんと『カカシ先生、大好き』って頬を染めながら俺にくれたんですから」 嘘ではないが、半強制で脅しに近かったことは内緒である。 「オレのナル君にそんなことを言わせたんだ…? ふぅーん……」 据わった目に不気味なほど不釣り合いな笑みを浮かべる四代目に、カカシの背中をゾクリとしたものが走った。 「だから、強制じゃないって言ってるじゃないですかっ」 四代目の言葉に本気を感じ取って、流石にカカシも慌て始める。カカシの弁解(この場合は同情の余地もないが)に、四代目は一向に耳を貸さず、 「カカシ君、明日からSランク任務ね」 回ってきたばかりの重要任務の書類にポンと判子を押した。 「!? 何勝手に決めてるんですかっ!?」 「勝手じゃないよ。オレが判子押した時点で火影命令だから」 四代目はペンを指先で回しながら、「今更何言ってるの?」といった表情でカカシを見つめる。 「それにね、ナル君に『好き』って言われた時点で理由が何であってもアウトだから」 それはそれは綺麗な笑みでそう告げた四代目は、至急と入っているSランク任務にすべてカカシの名前を書き込んだ。 「カカシがいない間、七班には簡単な任務を回しておくよ。心配ならゲンマかハヤテに見てもらうから、君は安心して任務を遂行しておいで」 抜かりなく後のことまで計算に入れている四代目にカカシは言い返せないまま、「はい」と言って渡された任務依頼書を手にした。 「頑張っておいで」 優しく見送るような声と笑み。この外見に騙されている人間は少なくないが、長年付き合っているカカシにはすべてお見通しである──この笑みの裏に毒が隠されていることを。 「速攻終わらせて帰って来ますから」 「うん。そうして。Sランク任務はいっぱいあるからねー」 返す嫌味も効かず、新たなる試練でもって返される。 「……行ってきます。あ、ここの山が急ぎの書類なんで、ここまでは確実にやってって下さいよ」 これから命がけの任務に出かけるというのに、カカシはしっかりと四代目に釘を刺すことを忘れずそう告げると、その場から姿を消した。 「頑張ってねー」 四代目はお気楽に手を振りながら、既に姿を消した弟子に向けて激励を送る。 執務室に残されたのは多量の書類と現火影、四代目のみ。 「さて…っと、こっちも頑張るか」 四代目は机に向き直りカカシに言われた書類の山を見つめると、目測でかかる時間を計算した。 「ざっと5時間ってとこかな?」 今は夜の9時。帰る頃にはナルトも寝てしまっているだろうが、それでも今日のことを思えば文句は言えまい。 四代目はナルトの言葉を思い出してはほくそ笑む。 (ナル君、パパ頑張るからね〜) 横目で息子から貰ったチョコレートを見ながら、サボって溜まった仕事を嬉々として片づけ始めたのだった。 遅れてしまいましたが、Happy Valentine!! 木ノ葉の遊園地は花やしきのイメージで。かなり省きましたが…(乾笑)。 映画『世界で一番パパが好き』のCMを見て、「女の子の最初の恋人はパパ──」というような宣伝文句にうっかりこんなことをイメージしてしまいました(苦笑)。 しかし、延々と書いていると長い気がしてきますね。と言うか、自分にしては長かったですよ。なので、前後編。 追伸。急ぎのUP(2月中には上げたかったのです)故、抜け落ちてる部分とかあったらこっそりお教え下さい…(恥)。 サクヤ@管理人 2005.02.28UP
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