【ホワイト・デー】



「さぁ〜て、ナル君には何をお返ししてあげようかなぁ?」
 周りを気にしない浮かれた声が、そんな独り言を漏らした。
(邪魔者もいないことだしね)
 ふふふ…と、四代目はその形の良い口元に小さく笑みを浮かべる。
 四代目の秘書であり、第七班の担当上忍であるカカシは一月前からSランク任務を立て続けに続行中だった。至極理不尽な任務の回され方ではあったが、里一番の実力者からの特務を断れるはずもなく、日々ひたすら消化中なのである。
「四代目、お仕事は……」
 今にも飛び出していきかねない様子の里長に、一人の側近が恐る恐るといった様子で声をかけた。
「ん! バッチリだよ!」
 晴れやかな笑顔を浮かべ、四代目は目の前の書類を見せびらかすように広げてみせる。そこには確かに承認が済んだことを示す印鑑が押されていた。
「ナル君の為に一生懸命頑張っちゃったよ。影分身まで使ってさ〜」
 四代目は「やれやれ」と言いながら、自分の左肩を右手で揉み解す。
(これだけちゃんと出来るのなら、いつも真面目にやってくれれば良いものを……)
 決して口には出さないが、その思いはこの場にいる一同の一致した意見だろう。
「さて…と」
 イスから立ち上がった四代目は側近達の顔を見渡すと、
「それじゃあ、オレはこれで帰るから。何かあっても呼び出さないでね」
 にっこりと笑いながら釘を刺し、颯爽とその場から消え去った。
「何かあったら呼び出してね」というのが普通だろうに、それさえも許さないらしい里長の心の狭さに、その場にいる全員が諦めの溜息を吐き出した。





「ナール君っ!」
「父ちゃんっ?」
 慌てて声のした方を振り向けば、そのままギュッと抱き締められる。
 声と共にナルトの前に現れたのは、朝から姿の見えなかった父親だった。
「待たせたね」
 スリスリと息子の柔らかい髪に頬を擦りつけながら、四代目は詫びるような声音でそう告げる。
「へ? 別に待ってないってばよ? それとも、何か父ちゃんと待ち合わせしてたっけか?」
 父親の腕の中で今の状況が解らずにナルトはグルグルと考えるが、どう思い返してみても父親の台詞の意味が解らなかった。
「今日の担当上忍が来てないけど…」
 最近見ることの無くなった本来の担当上忍はこの際無視するとして、サクラは普通であれば有り得ないことを想像する。
(まさかねぇ…)
 しかし、その想像はすぐに現実となった。
「今日はカカシに代わって、僕が君たちの担当です」
 ナルトだけではなく他の二人の顔も見回して、四代目は楽しそうな表情で告げる。
「「ええっ?」」
「……チッ」
 ナルトとサクラの驚きの声にサスケの舌打ちが重なる。それは二人の声でほとんどかき消されていたが、それでも里一の忍の耳には十分に届いていたらしい。
「そこ、何か不満でもあるのかな?」
 満面の笑みを湛えた四代目が問い質す。だが、その背中には見えない黒いチャクラがありありと渦巻いていた。
 流石のサスケも火影相手に反抗する気になれず、渋々といった体で「別に…」と短く返すに留める。
「そう? じゃあ、任務を始めようか」
 そうして一段落したことを確認すると、四代目はナルトを腕から離さないまま、3人に任務内容を告げた。
「みんなにはこれからお菓子を作ってもらいます」
「お菓子〜?」
 怪訝な声が三者三様で上がる。胸元で上がった不服そうな訴えにも耳は貸さず、四代目は答えるように頷くと、次の行動に移るべく指示した。
「うん。もう場所は借りてあるから、そこに移動するよ」
 四代目が3人を引き連れて向かったのは、その設備は一流レストランに引けを取らないと言われているアカデミーの調理室だった。
「材料も用意してあるから、この数分のお菓子を作ること。はい」
 そう言って手渡されたのは、パウンドケーキのレシピと一人につき50個というノルマ。
「これだけ設備が整っていれば大丈夫だよね。あとはまぁ、体力勝負ってところかな?」
 顎に指をあてて少し考えるように首を傾げつつ、四代目はさらりと言った。
「んなっ!?」
「物はともかく、何、この量っ!?」
「…………何でこんなことしなくちゃいけねーんだ?」
 あげた声こそ違ったが、目を通した3人の思いは一緒だったらしい。
「今回の依頼は『バレンタインデーのお返しを作ってもらいたい』とのことです。あ、ちなみに依頼人は四代目火影ね」
 極上の笑みと共に告げられた内容に、3人の柳眉が上がる。
「「意味無いじゃんっ!」」
 サクラとナルトのツッコミが見事に重なり、
「……馬鹿らしい」
 サスケもまた同様の呟きを漏らす。
「そうは言っても一応正式な依頼だからね。やってもらわないと」
 依頼を出す人間が受ける人間だったら、それが通らないワケがないだろう。
「詐欺だってばよ……」
 恨めしげな表情と声でナルトはすぐ側の父親を見上げる。いつもはそんな息子の表情に弱い四代目であったが、今日ばかりは違った。
「そんなこと言わないの。少しは将来に役立つかもしれないし、ね」
 息子の背を押し、3人にエプロンを配る。
「手はよく洗ってね。それでは開始!」
 かけ声と共に皆慣れない材料と格闘を始める。
 依頼人であるはずの四代目もまたエプロンを掛け、ナルト達とは違う物を作っていた。
「父ちゃん、何作ってるってばよ?」
 気付いたナルトが四代目の側に寄って覗き込む。
「こら、サボってちゃダメでしょ、ナル君」
 今日は指導者である四代目は、甘やかしてはいけないと眉を寄せて怒るフリをしてみせた。あくまでもフリだけで、心の中では可愛い息子と一緒の一時に頬を緩ませているのは見え見えだ。
「サボってなんかいないってばよ」
 むぅっと頬を膨らまし、ナルトは手に持った作りかけの種を「ほらっ」と言って父親に見せつけた。その可愛らしい仕草に四代目はこっそりと口元に笑みを浮かべる。
「バレンタインのチョコレートはナル君もご相伴預かったもんね。しっかり美味しいケーキを作るんだよ」
 それでもナルトの口から不満が飛び出る前にさりげなく退路を塞いでおくのは、可愛い故に虐めたくなる気持ちと一緒かもしれない。
「う゛……解ってるってばよ」
 ご相伴どころかほぼ食べ尽くしたと言っても過言ではない記憶のあるナルトは、持ち場に戻るとケーキ作りに集中し出す。その様子に苦笑しながら、四代目もまた自分の作りかけの物を仕上げる為に動き始めた。
(ナル君に見られてたら作りづらいもんね)
 そう。こっそりと、ある意味大胆に、四代目はナルトへのお返しを作っていたのだ。
 暫くしてみんなが落ち着き始めると、四代目は見回って様子を窺う。
「サクラちゃんはどうかな?」
「何とか出来そうです」
 掌で指し示されたオーブンを覗き込むと、そこには綺麗な形に仕上がっているケーキが焼き上がりかけている。
「流石、女の子だね。綺麗に出来上がりそうだ」
 里長に褒められたのが嬉しかったサクラは、頬を染めて満面の笑みを浮かべた。
「サスケ君は……まぁ、そんなところかな」
 出来映えだけで言えばサクラとそんなに変わりないはずであるのに、サスケに向ける四代目の言葉は冷たい。
「どーも」
 返すサスケもいつも以上の仏頂面だった。
 私情を入れるのは指導者としてどうかと思うが、この目の前の里長に関しては今に始まったことではない。何しろ、その親馬鹿ぶりは里中に知れ渡っている程なのである。
 ただ、サスケに対する態度は他とはまた違う含みがあり、その事と理由をサスケ自身知っていたから、甘受はしていないが仕方ないことと受け入れていた。
「ナル君はどう?」
 サスケにかけた声とは正反対の甘い声で、四代目は息子に様子を伺う。
「あとはオーブンに入れるだけだってばよ」
 形は少しばかり悪いが、レシピ通りに作ったケーキをナルトが見せると、それを確認した四代目は、
「ん、良く出来てるね」
 そう言って、ナルトの頭を撫でながら褒めた。
(……親馬鹿)
 少なからず見慣れた光景に、サクラとサスケは同様の呟きを心の中で漏らす。
「あ、そうだ。出来上がって余ったのは持ち帰って良いからね」
「本当ですか?」
 嬉しそうに尋ね返すサクラに、四代目は笑って頷く。
「ん。それがオレから君たちへのご褒美」
「やたっ!」
 ナルトも嬉しそうに笑っていた。
(……それって、材料与えただけで、自分で作れってことじゃねぇかよ?)
 それでも嬉しそうにしているサクラやナルトは何の不満もないようで、サスケだけが心の中でツッコミを入れる。
 だが──
(まぁ、ここまで大量に作れば、自分の分の一つや二つ作る手間なんか無いに等しいか……)
 思い直したサスケは余った材料をジッと見つめると、先程よりも慎重に、且つ、数倍の手間をかけて新しいケーキを作り始めた。



「焼き具合をそろそろ見てね」
 四代目の声に、3人ともそれぞれのオーブンを確認する。
「あ、良い色」
「こっちも食べ頃だってばよ」
「まぁ、こんなもんだろ」
 オーブンから取り出されたケーキはそれぞれ美味しそうな色と香りを漂わせていた。
「それじゃ、出来たケーキを箱に入れて包装して」
 3人の後ろでやはり各々の出来を確認しながら、本日の担当忍である依頼人がにっこりと笑って次の指示を出す。
 出来を堪能して喜んでいたのも束の間、すぐに現実という名の地獄へ突き落とされ、3人の肩はガクリと下がった。
「やっぱり…」
「そこまでするのか…」
 げんなりと呟くナルトとサスケの横で、
「そりゃあね、このままじゃ渡せないものね」
 サクラが仕方ないと肩を竦める。
「包装は私がやるから、サスケ君とナルトはケーキを箱に入れて」
 ここからは流れ作業の方が良いだろうと、サクラは二人に指示を出す。包装という緻密な作業から救われた二人は、ホッと安堵の息を漏らすとサクラの指示通りに動きだした。
 それから約30分後、箱に詰められ見事に包装されたケーキの山が築き上げられていた。
「壮観ねー」
 サクラは自身の包装の出来を確認しながら、そのやり遂げた量に感嘆する。
 皆に背を向けてサスケは何やら動いていたが、気付いていたのはただ一人だった。
「サスケ君、一体何をしてるのかな?」
 柔らかな声が意味ありげに問いかける。しかし、サスケはそんな相手を一瞥しただけですぐに手元へ視線を戻した。
「アンタには関係ない」
 素っ気ない声は、「さっさとあっちに行け」と言外に告げている。
「仮にも里長に向かって、その口の聞き方はないんじゃないの?」
 もっともらしいことを言いながら、四代目はサスケの手元を覗き込んだ。しかし、その視線からすぐに目標物は妨げられ、
「覗き趣味でもあるんですか?」
 今度は嫌味ったらしく丁寧な口調でもって、サスケは背後の四代目を睨み付けた。
「んーん。でもね、もしも、サスケ君がそこにあるチョコペンを使って『ウスラトンカチ、好きだ』なんて書いてたらどうしようかと思って」
 穏やかな笑みの裏に底知れないものを感じ、サスケは身構える。
「……してるわけねーだろ」
 返す言葉は剣呑で、里長を相手にしているとは思えないほど不遜だ。
「そ?」
 顔を赤く染めながら睨み上げる表情は、それがとても真実だとは思えない。
「だったら良いんだけどね」
 あけすけな牽制に、サスケは心の中で舌打ちをする。
(ったく、大人げねー…)
 余裕のある表情で自分を見つめるこの目の前の里長が、実はどれだけ心が狭いかをサスケは身を持って知っている──だからといって、おとなしく言うことを聞くような性格でもなかったが。
 そして、一方の大人げない大人もまた……。
(まったく、懲りないよね)
 里中の女性の人気を一身に集める笑顔の下では、どう、この虫を退治したものかと考えを巡らせている。
 可愛い可愛い、それこそ目の中に入れても全然痛くないような息子にちょっかいを出してくるこの害虫。
(人の息子が純真無垢なのを良いことに有ること無いこと吹き込んで…)
 今までのことを思い出して、沸々と怒りが込み上げてくる──勿論、自分のことは棚上げだ。
(ああもうっ、ナル君が心配で仕事なんてしてられないよっ!)
 心の中で勝手な叫びを上げた四代目は、ヒシッと無防備な息子の背中を抱き締めた。
「うわっ! と、父ちゃんっ!?」
 驚きの悲鳴を上げ、ナルトは肩越しに抱きついてきた犯人を見上げる。
「何やってるんだってばよ?」
 尋ねながら笑いかけてくる顔はこの上なく可愛くて、四代目の抱き締める腕の力は無意識に強まってしまう。
「と、父ちゃん!? 苦しいってばよ!!」
「あ! ごめん、ナル君……」
 もがき訴えるナルトに気付いて離すかと思えば、今度は涙目になって怒る息子が可愛くて、再び同じ過ちを繰り返した。
「もうっ、いいかげん離せってばよ!」
 怒りを滲ませた声で窘められ、四代目は渋々と言った体で息子から離れる。
 その見慣れた光景を眉を顰めながら睨み付けていたサスケは、四代目から解放されたナルトを呼び止めた。
「おい、ウスラトンカチ」
「あん?」
 相変わらずの物言いにナルトがムッとしながら振り向けば、サスケが自分に向けて右手を差し出していた。その手に持っているのは先程包んだ物とは別の少し大きいサイズの箱で、それが何を意味しているのか解らないナルトは首を傾げる。
「? 何だってばよ、コレ?」
「いいから、受け取れ」
 押しつけられるように渡され、ナルトは怪訝に思いながらも受け取った。ナルトがちゃんと受け取ったのを確認すると、いつものポーカーフェイスに照れを滲ませた表情でサスケが告げる。
「……バレンタインデーの礼だ。渡してなかったからな」
 ナルトはしばし呆けたような表情を浮かべていたが、やがて、ポンと右手を左手の平に打ち付けた。
「忘れてたってばよ」
 思い出したナルトは、驚いた顔をすぐに喜色に染める。
 それは別にサスケから心からのお返しを貰ったことが嬉しかったわけではなく、忘れていたところに来て、こんな大きなお返しを貰ったのが嬉しかっただけのことだが、そんなナルトの胸の内など知らないサスケはナルトの反応にまんざらでもない表情を浮かべる。
「サスケ、ありがとうな」
 綻んだ笑顔を向けられ、サスケの頬の赤みが増した。
(ちょっと得した気分だってばよ)
 ナルトがサスケにあげたのは板チョコ(しかもバレンタインデーの売れ残り)一枚だったのに、手作りとはいえ味の保証は先程試食して知っている美味しいケーキを頂いたのだから、手放しで喜んでもおかしくないだろう。
 しかし、その様子を愕然とした表情で見ていた四代目は、サスケの台詞とナルトの態度に驚愕の叫びを上げた。
「な……ナル君っ!! どういうことっ!?」
 肩を鷲掴みにして常にない表情で問い質す父親に首を傾げながら、ナルトはサラリと理由を説明する。
「バレンタインデーにサスケにチョコレートあげたんだってばよ」
 その台詞に、四代目の顔がサーッと青くなる。
「それとサクラちゃんにも」
「へ?」
「はい、ナルト」
 ナルトの言葉を見計らっていたように、サクラからも先程とは別に作ったと思しき箱がナルトの前に差し出される。すると、ナルトは驚いた表情でそれを見、すぐに父親を押しのけて受け取った。
「うわ、ありがと、サクラちゃん!」
 嬉しさに頬を染めて喜ぶナルトだったが、
「チョコレートの御礼よ。勘違いしないでよね」
 と、サクラに釘を刺され、グッと詰まる。
「わ…解ってるってばよ……」
「い…いつ、あげたの?」
(あの日は朝からほぼ一緒だったはずなのにっ!)
 隠しきれない動揺を面に表したまま四代目がナルトに尋ねると、
「父ちゃんと別れた後だってばよ」
 あっさりとした答えが返ってくる。
「カカシ先生にもあげたから、お世話になってるってことでサクラちゃんにもあげたってば。サスケはまぁ…オマケみたいなもんだってばよ」
 お色気の術で女の子の姿をしていた為に買いやすかったことも、ナルトの行動に拍車を掛けた。
「そ…、そうなの。サスケ君はオマケなんだね」
 四代目は『オマケ』の部分をいやに強調して畳みかけるようにナルトに問いかける。その機微に気付かないのはナルトぐらいだろうが、当の本人は父親の気迫に気圧されていてそれどころではなかった。
「え…あ…そうだってばよ?」
 後ずさりながらコクコクと頷くと、あからさまに安心する父親の姿。
「それなら良かった」
 ホッとした様子の父親にナルトも安堵した。
(いったい、何だったんだってばよ…)
 そんなことを思いながら首を傾げるナルトは、一人殺気を迸らせているサスケも、呆れたように首を振っているサクラの様子も気づくことはなかった。
「で、ナル君はサクラちゃんにお返ししたの?」
 気を取り直した四代目が父親の顔で問いかければ、ナルトはハッとして自分の使っていた台から一つの包みを手に取った。
「そうだってばよ! はい、サクラちゃん」
 ナルトはにっこり笑って、不器用なりに一生懸命包んだと思われる箱をサクラに差し出す。
「ありがと」
 苦笑しながらもサクラはナルトからのお返しを受け取った。
「じゃあ、これはお父さんからね」
 大きな箱にピンク色のリボンを掛けられたそれに、ナルトは目を剥いて凝視する。
「……いつの間にこんなの作ってたってばよ?」
 動揺しながらもしっかりと父の愛を受け取ったナルトは、呆然とした様子で尋ねた。
「さっき、ナル君が覗き込んだ時に作ってたヤツだよ。見られて焦っちゃった」
 飄々とした態度で受け流されていた気がしたのに、実はそんな風に思っていたことなど露ほども気付かず、ナルトは気付かなかった自分が凄く間抜けに思えてふくれっ面を晒す。
「全然そんな風に見えなかったってばよ」
「そうそう表情に表れてたら忍者失格でしょ」
 苦笑した四代目にそう言われると、ナルトはニカッと笑い、すぐに機嫌の直った顔で父親を見上げた。
「そうだよな」
 ナルトにとって父親はただの父親ではなく、憧れの火影でもある。だからこそ、父親の言葉を素直に受け入れることが出来るし、彼にかかればいじけた気分などはすぐに消えてしまうのだ。
「と言うわけで、受け取って貰える?」
「モチロンだってばよ!」
 差し出されたままの箱を受け取れば、ズシリと重みを感じる。
「……なんか、すっげー重たいってばよ?」
「そりゃそうでしょ。お父さんの愛がめいっぱい籠もってるからね」
 満面に輝くような笑みを浮かべ、四代目はさも自慢そうに言ってのける。
「開けてもいいってば?」
「勿論。どうぞ」
 笑顔のまま促され、ナルトはいそいそと包みを開け始めた。
 蓋を開けたナルトの目が呆然と見開かれる。
「……いつ、作ったんだってば?」
 四代目手ずから作ったケーキはナルトの顔を模した物で、額あて部分にはチョコレートペンで『ナル君、愛してるよv』の文字が刻まれていた。
 その物自体がどうというわけではないが、それを本当に自分たちがいる横で作っていたのかと思うと、父親の計り知れない力に唖然とさせられる。
「さすが、父ちゃん…スゴイってばよ!」
 感嘆するナルトの横では、愛情が詰まりに詰まったケーキを見たサクラが複雑な表情を浮かべていた。
(何だか無駄な能力に思えるのは何故かしら…)
 有能なはずの里長だが、この時ばかりは尊敬の眼差しで見ることは出来なかった。



 任務も無事に終了し、互いの交流も図った所で第七班は解散となった。
「食べるの勿体ないってばよ」
 父親から貰ったケーキを大事そうに抱え、ナルトは笑いながらくれた当人に告げる。その上にはサスケとサクラから貰った箱も積まれていた。
「食べてもらわないと困っちゃうよ。だって、お父さんの愛情い〜っぱい詰め込んであるんだからね」
 苦笑しながら返した四代目は出来上がったケーキの山をリアカーに乗せて運んでいた。これからチョコレートをくれた女性たちにお返しに回るらしい。
「解ってるってばよ」
 抱えた箱に頬ずりする息子の可愛さに、四代目の胸は感動に打ち震えていた。
(ああもうっ、可愛いなぁナル君…)
 こんなに喜ぶ息子の顔を拝めて、四代目はここに辿り着くまでにしてきた苦労がすべて昇華された気がした。
「帰ったら父ちゃんも一緒に食べような」
「ん。了解」
 ナルトからの任務を受けた四代目は、早々にお返しを配って帰路に就こうと心に決める。
「そう言えば、ナル君」
 聞きたかったことを思い出し、四代目は隣りを歩く息子に声を掛けた。
「ん? 何だってば?」
「一つ気になってたんだけど、サスケ君やサクラちゃんにあげた時の格好ってもしかすると……」
 気になっていたこと──それは、バレンタイン・デーにサスケにチョコレートを渡した時に我が子の姿だった。
 普段の姿でも十分可愛い息子が、あの時はこの里で(いや、他のどの里を探してみても)比類無い程の美少女の姿をしていたのを思いだし、何となく不安な気持ちにさせられる。
 別れた時は確かこの目の前にいる少年の姿ではあったが、ナルトの思考回路からするにその姿で渡すことはほぼあり得ない気がした。
「渡した時? 勿論、お色気の術で女の子になってたってばよ」
(やっぱり……)
 予想していた答えを聞き、四代目は深い溜息を吐き出す。
「そう…そうなんだ……」
 その時のうちはの次男坊の顔が浮かぶようで腹立たしいが、所詮は義理チョコ。本命(だと勝手に思いこんでいる)には敵うべくもないだろうと、四代目は無理矢理溜飲を下げる。噛みしめた歯が痛んでいることはこの際無視だ。
「父ちゃんの時は思いつかなくてサクラちゃんに頼んで一緒に買ってもらったんだけど、お色気の術使えば恥ずかしくなかったことに後んなって気付いたんだよな」
 何気なく横で言われた台詞に、四代目の歩みが止まる。
「…………え? アレってナル君が買ってくれたんじゃなかったの?」
「オレの大事なガマちゃんから出したってばよ」
 ナルトは胸元から愛用のカエルの形をした財布を取り出し、自慢げに見せながら告げる。その言葉に嫌な予感が確信になるのを感じて、四代目は眩暈を覚えた。
「いや、そうじゃなくてね……」
 それでもちゃんと聞くまでは…と、認めたくはないが無駄な抵抗と知りつつ、更に言葉を重ねる。
「ナル君が直に自分の手で買ってくれたのかなぁ〜と思ってたから……」
「今言った通り、そん時はお色気の術使ってなかったから、サクラちゃんに頼んだんだってばよ」
 にっこりと笑って告げられた息子の言葉に、四代目の肩がガクリと落ちる。
「そ…そうだったんだ……」
「おうっ」
 力無い父親の声とは正反対に、返されるナルトの声は元気だった。
 貰えただけでも奇跡的なのだから手作りは望まないまでも(見るからに既製品であったのは明かだし)、せめて自分の手で買ってくれていたのだろうと思いこんでいた四代目のショックは大きかった。
 しかも、サクラはともかく、カカシに加えてサスケまでナルト直々に買ったチョコレートを受け取ったのかと思うと、治まったはずの怒りが四代目の心に沸き起こってくる。
「…………」
「父ちゃん? どうかしたのか?」
 押し黙ってしまった父親を心配して、ナルトはその顔を覗き込む。大きな青い目に覗き込まれて、四代目は我に返り首を振った。
「何でもないよ」
 複雑な心中を見透かされるわけにはいかず、心配する息子に何でもないフリで返す。
「なら良いんだけどさ。──なぁ、父ちゃん」
「ん?」
「早いとこ、このケーキ配って来いってばよ」
 ナルトは父親が引くリアカーを指さし促した。
「あ、うん」
 つい、ナルトと一緒に歩くのが楽しくて歩みを遅くしていた四代目であったが、言われて、既に日が暮れてしまいそうな時間になっていることに気付く。
「でもって、それが済んだら、さっさと帰って来て一緒にコレ食べるってば!」
「ナル君…」
 はにかむような笑顔と共に繰り出された言葉は、四代目の荒んだ心を一瞬にして幸せ一色に塗り替えた。
「解った! 待ってて、ナル君っ!!」
 言うが早いか、リアカーと共に四代目の姿が消え去る。瞬身の術を使わず物凄いスピードで走り去った父親に、残されたナルトは唖然とした表情を浮かべていた。
「さすが父ちゃん…スゴイってばよ」
 感嘆するナルトの呟きは風に紛れて四代目に届くことはなかったが、その後の四代目の行動はその通り名に恥じない程の速さで遂行された。
 そして、夕飯はナルトの好物である一楽のラーメンを一緒に食べに行き、帰った家で二人仲良くケーキを分けあったのである。
「美味い」を連呼するナルトに四代目の頬は緩みまくっていたが、それを見るのはナルトだけで、誰憚ることなく甘い時間を満喫できた四代目はこれ以上ないほどの幸せを噛みしめていた。

 ちなみにサスケがナルトに渡したケーキは四代目が帰ってくる前にナルトの腹に収められてしまった為、四代目はその姿を確認することが出来なかった──が、チョコペンが使われたのは確実で、その内容は不明だったが、ナルトのサスケに対する態度がその日から微妙に変化したらしいから、自ずとその内容も窺い知れるというものだろう。
 しかも、その噂はそこはかとなく里に広がり、その噂を耳にした四代目が、Sランク任務をある下忍に言い渡そうとして周りに押さえつけられたとか何とか──そんな噂がまことしやかに里を席巻した。










どうにもお馬鹿な四代目ですが、ナルト狂いなので許してください(笑)。
ちなみにカカシ先生は某火影(某になってないから!)の企てによりSランク任務を間髪入れずに続行中の為、里には戻って来られませんでした(苦笑)。