【クリスマス・プレゼント】



 久しぶりの休日、のんびりと冬の日差しで暖を採っていた四代目火影は、途中から急に寒くなり、手近にあった毛布を引き寄せてくるまっていた。そんな父親を発見したナルトに身体をよじ登られ、四代目は暫く猫のように息子とじゃれた後、ナルトをその胸の中に閉じ込めた。子供の高い体温はとても心地良くて、甘い微睡みが誘いをかける。その誘いに身を任せようかと思いながらぼんやりと見上げた空から、白い雪の華が舞い降りて来るのが目に入った。
「雪だぁ…」
 それは木ノ葉では珍しく、北の地方でなければあまりお目に掛かることはないもの。だから、四代目の声にも自然、感嘆の色が入り交じる。
「うき?」
 父親の胸に顔を埋めて一緒に毛布にくるまっていたナルトは、その声に引かれて顔を上げると、父親の言葉を繰り返した。
「うん。お空から白いのが降りてきてるでしょ? あれが雪だよ」
 外を指さし、ナルトに教える。チラチラと地上に降りてくる雪にナルトの目が大きく見開かれた。
「ふわぁ…しゅごいってばよ」
 物珍しげに青い目を輝かせるナルトに、四代目の口元も綻ぶ。
「この分だとホワイトクリスマスになりそうだねぇ」
「ほー…くりしゅましゅ?」
 知らない言葉にナルトの眉が寄せられ、大きな青い瞳が問いたげに目の前の父親を見上げた。
「ん?」
 悪戯な青い瞳が片方だけ眇められ、ナルトが問いかけを口にするのを楽しそうに待っている。
「とーちゃ、それなぁに?」
 舌っ足らずな口調で尋ねるナルトに優しく笑むと、四代目はナルトの欲しがっている答えをようやく明かした。
「ホワイトクリスマス。クリスマスの日に雪が降ることを言うんだよ。うまくすれば街中銀世界だ」
 四代目は毛布を肩に掛けたまま、ナルトをその腕に抱いて立ち上がる。そのままなら落ちてしまうはずだった毛布は、ナルトの小さな手が四代目の肩付近でギュッと握り締められている為に落ちることはなかった。
「とーちゃ、しゃむくない?」
「うん。寒くないよ。ナル君はあったかいし、ナル君が毛布を落ちないようにしてくれてるおかげだね」
「えへへ」
 褒められて嬉しそうに笑うナルトに、四代目はナルトを抱いていて撫でることの出来ない手の代わりに軽く額を押しつける。
「ありがと、ナル君」
「どぉいたましてだってばよ」
 一人前のように返すナルトに四代目はくすぐったそうな笑みを浮かべると、今度はナルトに問いかけた。
「ナル君は寒くない?」
「だぁじょぶ。とーちゃ、あったかいもん」
 スリスリと胸元に擦り寄られ、四代目は幸せな気分になりながらナルトの身体を大事に抱えるように抱き締めた。
「おしょとしろくなってきたってば。しゃんたしゃん、くうのたいへんだってば?」
 うっすらと雪が降り積もり始めた外を見て、ナルトが心配そうに父親に尋ねる。
「大丈夫だよ。サンタさんのソリは空を飛べるからね」
「しょっかぁ。よかったぁ」
 安心したように微笑むナルトに、四代目は「うちの息子はなんて優しいんだろう…!」と胸の中で感動していた。
「ナル君はサンタさんの心配までして優しいね」
「だって、しゃんたしゃんこないとぷえじぇんともらえないってば。しゃんたしゃんじーちゃだからしゃむいのからだにわういんだってばよ? じーちゃいってたってば」
 どうやら心配は自分が貰うはずのプレゼントも含まれているらしく、四代目は苦笑してしまう。ちなみにナルトの言った後者の『じーちゃ』とは、ナルトのことを実の孫のように可愛がってくれている三代目火影のことだ。
「そうだね。おじいさんには寒いのは辛いよね」
「だってば!」
 父親の言葉に意を得たりと、ナルトは満面の笑みで頷いた。
「省エネも良いですが、こんなに寒いんだったらストーブぐらい点けても罰は当たらないと思いますよ」
 突然かけられた呆れた声に四代目はナルトごと振り返る。そこには、冬の寒さも感じさせないような格好でカカシが立っていた。
「うわっ! カカシ君寒くないのっ!?」
 気配もさせずに現れたことよりも、カカシの出で立ちに四代目は驚きの声を上げる。
「忍が体温調節も出来なくてどうするんですか…」
 暗部装束のカカシは腕を出して、真冬とは思えない格好をして答えた。
 歳を取るとはこういうことなのだろうかと、カカシは目の前の上司をじっと見つめながら考える。里の誇り、木ノ葉の忍の頂点を極めた火影。彼が冠する名は多々あるけれど、どれもこの場にいる存在には当てはまりそうにない。
(大体、昔はアンタだってこの格好をしてたでしょうが…)
 暗部の装束は夏も冬も関係ない。それは昔から変わりないはずだった。
 この格好をしているのだって火影直々の命があったからこそで、カカシだっていつもならもう少し季節に合った格好をしている。もしも、他の場所に用があるのであれば着替えもしただろうが、用があるのは自分に命を下した火影であり、彼は休日で家にいて、その家には当人と年端もいかない子供しかおらず、しかもこの家はカカシの帰る場所でもあるのだから、着替えたところで意味はないだろう。この家の住人達はカカシが暗部だと知っている数少ない人間の集まりなのだから。
「かぁし」
 カカシににっこりと笑みを浮かべたナルトは、掴んでいた毛布から手を離し、カカシへと手を伸ばした。
「あ、ナル君」
 自分の腕からすり抜けてカカシの元へ移動しようとするナルトに、四代目は焦ったような情けない声を上げる。けれど、自分に向かって伸ばされた幼い手に腕を伸ばさないでいられる人間などいないことを証明するように、カカシはナルトを受け入れる体勢になっており、その腕にナルトは父親のことなど忘れたように嬉しそうな顔で移動した。
「おかーりってばよ」
「ただいま。ナルト、冷たくない?」
 温かいとは言えない自分の身体に、しがみつくナルトも冷えるのではないかと、返事を返しながらカカシは尋ねてみる。その問いかけにナルトは答えず、カカシの剥き出しになっている二の腕をジッと見つめ、そっと手を伸ばした。
 冷たい肌に触れたその小さな掌は、柔らかな熱を伝え、心地よさと安堵感をカカシの胸に広めていく。
「ナルト?」
 声を掛ければ、上を向いたナルトがカカシの目を見て笑った。
「なるがあっためてあげるってばよ」
 そう言ったナルトにぺったりと張り付くようにしがみつかれて、カカシは困ったような視線を四代目に向ける。けれど、今までそこにいたはずの姿はなくて、いつのまにか落ちた毛布を拾った四代目は先程の自分がしていたようにカカシの肩に掛けるところだった。
「ナル君、さっきみたいに持っててあげなさい」
「うんっ」
 父親が回した毛布を、ナルトの手がギュッと握る。背中と胸から温もりが浸透してきて、カカシは何とも言えないこそばゆい気持ちになった。そして、先程まで四代目が味わっていた幸福感はこれなのかと、頭の片隅で妙な納得をする。
(これだけ気持ちよければ手放したくもないだろうな)
 けれど、先程言った言葉の手前、カカシは抗議するように訴えた。
「……別に寒くないんですけど」
「ナル君の好意を無にするつもりかい?」
 困った子だねぇ、と言うようにカカシの眼前で四代目は眉を寄せる。
「カカシはそうかもしれないけど、ナル君には寒そうに見えたんだよ。ほら、温かいだろ?」
(そんなの解ってますって)
 口に出しては負けだと思い、カカシは自分よりも背の高い上司を下から睨み付けるだけに留めた。
 そんなカカシの銀色の髪を四代目の手がポンポンと撫でる。
「オレはストーブ点けてくるから。ちょっと待ってて。ナル君、カカシ君をよろしくね」
 そう言い置いて、四代目は隣の部屋へストーブを点けに行ってしまった。
「りょーかいだってばよ」
 父親から受けた重大な任務に元気な声で応えたナルトは、毛布を「ンショ、ンショ」と言いながら引き寄せると、少しでもカカシの身体が外気に触れないように隠した。
「ナルト…俺はそんなに寒くないから大丈夫だよ」
「だぁめってばよ。とーちゃがよぉしくいったってば」
 頑なにしがみつくナルトに途方に暮れながら外を見つめると、薄暗くなった景色に白い色が増え始める。
(積もるかな)
 腕にかかる重みは温かく、窓から見える景色とは程遠く感じられた。
「かぁしのけぇみたい」
 ナルトの視線の先にも積もり始めた白銀があり、目の前で揺れる髪と相まって見えたらしい。
「あー…あんなに綺麗じゃないけどね」
「かぁしもきれーだってばよ?」
 首を傾げて不思議そうに見上げるナルトに、カカシは困ったような笑みを浮かべた。
「ナルトがそう言うんだったらいいか」
 戦場を駆け回ってる身にはあのような白さはないだろうけれど、この無垢な子供がそう言ってくれるなら、いま一時だけでも信じてみても良いかという気になる。
 ぼんやりとナルトと一緒に静かに降り積もっていく雪を見つめていたら、四代目の明るい声が隣の部屋からかけられた。
「ストーブ点けたから二人ともこっちにおいで」
 手招きして呼び寄せられて、カカシは張り付いたままのナルトごと向かう。
「ナルト、行くぞ」
「うんっ」
 点けられたばかりのストーブはまだそんなには温かくなってはいなかったが、流石に窓際よりは温かい。
「ナル君、おいで」
 四代目が手を差し伸べると、ナルトはカカシの腕から父親の腕へと渡った。
「あ〜やっぱりナル君が一番あったかいなぁ」
 ようやく戻ってきた温もりを、四代目は愛おしげに抱き締めて頬ずりをする。
 カカシは肩から落ちた毛布を拾い上げて畳みながら、なくなってしまった重みに少しだけ物足りなさを感じていた。
「ね、温かかったでしょ?」
 カカシの表情からその心の内を読んだのか、満足げな笑みを浮かべた四代目がそう尋ねる。
「…はい」
 小さな声で悔しそうに頷く姿は子供っぽさが滲み出ていて、普段は大人と変わらないカカシのそんな姿に四代目は柔らかく笑みを浮かべると、まだ細い弟子の背中を押してストーブの前へと進ませた。



「四代目、ナルトに何かあげるんですか?」
 父親の膝の上でぐっすりと眠っているナルトを眺めながら、カカシは自分の師に尋ねた。
 クリスマスまであとわずか三日に差し迫った今頃に聞くことでもないが、年末のせいかここのところの四代目の忙しさは半端ではなく、カカシが知る限り何かを用意できるような時間はなかったように思える。
「う〜ん、そうだねぇ……カカシはナル君が今何を欲しがってるか知ってる?」
 カカシが思っていたとおり、四代目はまだ何も用意出来ていなかったらしい。首を傾げた四代目にそのまま逆に問い返されて、カカシも首を捻りながらナルトが最近興味を示したものを思い出してみる。
「とりあえず、この間はカエルのがま口を見て欲しそうな顔してましたね」
 カカシの答えに四代目は一瞬唖然とした表情を晒した後、ナルトを起こしてしまわないように堪えるようにして喉の奥で笑った。
「……もうちょっと高いモノでも良いんだけどね」
 笑いを抑えた四代目はいつも幸せにしてもらってる御礼にこんな時ぐらいは奮発してあげたいんだけど…と、腕の中の我が子を見つめながら考える。
「そうそう。プレゼントもだけど、やっぱりサンタさんの格好は必需だよね」
 プレゼントのことを考えながら渡し方までシミュレーションしてしまったらしく、ワクワクとした声でカカシに同意を求める四代目の顔はこれ以上ないほどに輝いていた。
 プレゼントあげる方がイタズラを企む子供みたいだな…とカカシは素直な感想を抱く。
(世の親がすべてがこうだとは思わないけど……それとも、みんなこんなものなのか?)
 カカシの前にいる人物は『馬鹿』が付く親だから、基準にするには難しい。そんなわけで『馬鹿』なのは知っているから、その意見にも否は唱えずにおいた。
「……アナタの好きなようにやって下さいよ」
「オレがサンタなら、カカシ君はトナカイの役だね」
 同意を貰えたと勘違いしたのか、四代目は嬉々とした声でカカシにとって寝耳に水な計画まで口にする。
「俺もやるんですかっ?」
 聞いていない話に、カカシは思わず声を荒げて四代目に詰め寄った。
「しーっ。ナル君が起きちゃうよ」
 注意されて、カカシは慌てて四代目の腕の中を覗き込む。目に映ったナルトはぐっすりと眠ったままで、カカシはホッと安堵の息を吐き出すと、改めて四代目に向き直り、切々とした口調で訴えた。
「……大体、トナカイなんて人外じゃないですか? クリスマスの立て役者はサンタと決まってます。トナカイは想像上だけで十分ですよ」
 遠回しに拒否をするカカシにそれでも四代目は引き下がらず、にっこりと笑いながらカカシのプライドを刺激するような台詞を口にする。
「カカシ君優秀だもん。トナカイに変化するぐらい簡単でしょ?」
「そりゃ簡単かもしれませんけど…」
 出来ないと言うのは自分のプライド的に許せず、嫌な展開に持って行かれそうだと思いながらも、カカシは正直に答えた。勿論、警戒しながらではあったが。
「だったら良いじゃない。ナル君を喜ばせる為にも協力してよ」
「う…」
 そう言われてしまうと、カカシも弱くなってしまう。
 カカシもまた、ナルトの喜ぶ顔が好きなのだ。
「でも、四代目。普通、サンタっていうのは子供が寝ている時に現れるものでしょう? だったら、別に変化の術まで使わなくても…」
「甘いね、カカシ。ナル君はこう見えて、なかなか感覚が鋭いんだよ」
「…そうですか?」
 これだけ秘密の話を耳元でしているのに起きる様子さえ見せないナルトを伺いながら、怪訝そうな顔でカカシは問い返す。
「気配に気付くんだよ。去年も一昨年もしっかり気付かれちゃったんだから」
(それは、アンタが浮かれすぎて気配消すのを忘れたせいなんじゃ……)
 心の中で容赦ないツッコミを入れ、それでも「そうですか」とカカシは表面だけは神妙に頷いておいた。
「で、その時にトナカイは? って聞かれちゃってね……」
 困ったように眉を顰めながら溜息と共に吐き出された言葉に、カカシは何故トナカイが必要なのかを納得する。そして、当日はこのナルト限定で間抜けな師匠をフォローするしかなさそうだということも。
「それはそうとして、プレゼントだよ、プレゼント!」
 ようやく主旨を思い出したらしい四代目が、困ったような声で叫び出す。勿論、ナルトが起きないように気を使って小声でだ。
「そうですね」
 四代目が悩んでいる姿にカカシもナルトが欲しがっているものを必死に思い返してみるが、いくら思考を巡らせてみても思いつかない。言っては何だが、ナルトはあまり物を欲しがらない子供だ。好きなラーメンを食べてる時は幸せそうだが、まさかそれはクリスマスプレゼントにはならないだろう。
 そして、考えに考えた末にカカシが発したのは次のような意見だった。
「ナルトにしてみれば、アナタと一緒のクリスマスっていうのが一番のプレゼントなんじゃないでしょうかね?」
 金色の髪に手を伸ばし、その柔らかな感触を味わいながら、カカシはポツリと呟く。
 なるべくナルトと一緒にいようとするが、四代目火影である彼の父親は思うように時間を作ることはかなわない。丸一日ナルトと一緒にいれることなど、皆無に等しいのだ。
 ナルトも子供ながらにそのことを理解しているのか、わがままを言うことなく受け入れている。それでも、時折寂しそうな顔をしているのをカカシは知っていた。
「四代目火影一日独占権?」
 カカシの案に四代目は顔を上げて呟く。独占してくれるのが目に入れても痛くない可愛いナルトであるなら、それは彼にとっても心惹かれるプレゼントだった。
「ついでに暗部カカシのオマケ付きでどうですか?」
 師匠と弟子は顔を見合わせ、ニヤリと笑いあう。
「それじゃあ、頑張って休みをもぎ取らないとだね」
「俺の分もよろしくお願いしますよ。アナタ次第ですからね」
「解ってるよ」
 苦笑しながらも四代目はカカシの言葉を承諾した。
 ナルトとゆっくり一日過ごせる日なんて早々あるものではない。今から当日のことを想像して、四代目の口元は緩み始める。
「じゃあ、やっぱりホワイトクリスマスになってもらわないとだね」
 外に降る雪を見ながら、四代目は楽しそうな声で呟いた。
「何でですか?」
 カカシがその理由が解らなくて問い質せば、
「ナル君に雪遊びを教えてあげるんだよ」
 簡潔な答えが返ってきた。
「去年は暖冬で一回も降らなかったから、ナル君には初めての雪遊びだね。いっぱい楽しいことを教えてあげなくちゃ」
 そう言って笑いかけられ、カカシも外の景色に目をやる。
「…ま、このままでいけば積もるでしょ」
 心の中でそっと「どうか積もりますように」と願いながら、カカシもまた当日を思って楽しい気分になっていた。



 降ったりやんだりを繰り返し、雪は見事にクリスマス当日まで残った。
 勿論、クリスマスの休みをもぎ取るが為に、四代目がこの二日間普段以上に必死に──それこそ死にものぐるいで仕事をしたのは言うまでもない。カカシもまた、四代目がスムーズに仕事を進められるように日頃以上に獅子奮闘した。
 ──結果、二人とも無事に休みをもぎ取れたのである。



「一つ条件があります」
 24日の晩、日付は次の日に変わろうかという頃。家の裏で、カカシは上司であり師である四代目に指を突きつけながら言った。
「何、カカシ?」
 変化と言うよりは仮装と言うべきだろうサンタの格好をした四代目が、急かすような声でカカシに問い返す。早くナルトの元にプレゼントを届けたくて仕方ないのだ。
「気配断ちをちゃんとして下さいよ。アナタ、ナルトの前じゃ気配垂れ流しなんですから」
「ちゃんとしてると思うんだけどなぁ」
 心外だと言いたげに、四代目は少しだけ頬を膨らます。その反論はきっぱりとしたカカシの声であっさりと否定された。
「してませんよ。それでもナルトに見つかった場合にのみ、俺はトナカイにでも変化してあげます。だけど、そのままで行ったらまた見つかることは確実ですからね。少しは忍者らしくして下さい」
「サンタさんは子供の夢なのに……」
 言葉尻に「つまらないなぁ」という台詞まで聞こえたようで、カカシは眉を顰めながら師の背中を見つめる。
「まさか、今まで気付きやすいように気配断ちしていなかったとか言いませんよね?」
「……えっ? そんなことあるわけないじゃない!」
 妙な間を置いて答える師に、カカシは疑いは深くなった。
「じゃ、じゃあ、行って来るね!」
 そんなカカシの視線から逃れるように、ボテボテと雪の上にブーツの足跡を残しながら、里の誉れ高き忍は歩き出す。
(……トナカイに変化する用意をしておいた方がいいかもな)
 しんしんと降り積もる雪の中、カカシはナルトの声を聞き漏らさないように耳を澄ましていたが、幸運なことに今年はナルトに気付かれることはなかったらしい。
 残念そうに「今年は気付かれなかったよ…」と報告する四代目に、やはり今までは気配をちゃんと消していなかったのかと疑いの念は確実なものになったが、これでもかという念の入ったサンタ姿が哀れで、カカシはあえて責めることはやめておいた。






「とーちゃ! みてってばよっ!」
 25日、クリスマス当日の朝。ナルトは起きて早々父親の元に駆け寄ってくると、嬉しそうに手の中の物を見せた。
「どうしたの、ナル君?」
「しゃんたしゃんからのぷえじぇんとー!」
 輝くような笑みで答えるナルトに、四代目の口元にも笑みが浮かぶ。
「へぇ〜どれどれ? 今年は何を貰ったのかな?」
「かぁるしゃんのおしゃいふとぉ……とーちゃといちんちあそべるけん!!」
 カエルのがま口から取り出した券を、ナルトは嬉しそうに四代目に差し出した。
「本当だ。じゃあ、今日のパパのお仕事はナル君と遊ぶことだね」
 四代目の言葉にナルトはキョトンとした表情を浮かべた。
「あしょべるの? ほんとに?」
 普段は忙しくてゆっくりと遊ぶことの出来ない父親に、ナルトは信じられない思いで視線を向ける。
「うん。ナル君がパパと遊びたいって思ってくれるなら」
「あしょびたいってばよっ!」
 コクッコクッと大きく頭を縦に振ると、ナルトは父親の足にギュッとしがみついて叫んだ。
「サンタさんがナル君の為に用意してくれたプレゼントだもんね。今日はいっぱい遊ぼうね」
「うんっ」
 思った以上に喜んでくれるナルトに四代目もまた嬉しくて、幸せな気持ちから溢れ出てくる笑みを止めることが出来なくなる。
「あれ? この券にはパパだけじゃなくてカカシ君の名前も書いてあるね」
 柔らかな金髪を撫でながら、四代目は今初めて気付いたようにナルトの持つ券を指さした。
「う?」
 ナルトが言われて券を覗き込むと、『いちにちよんだいめほかげとあそべるけん』と書かれた下の方に『かかしのオマケつき』と小さな付け加えられてある。ナルトは「ほあぁ…!」と感嘆の声を上げ、その頬は見る間にピンク色に染まりあがった。
「とーちゃ、かぁちもいっしょ?」
 興奮しながら尋ねるナルトに、四代目は優しく微笑んで頷く。
「ナル君が望むならね」
「いっしょがいいってばよ!!」
 やはり大きく頷くナルトに苦笑して、四代目は傍らで朝食の用意をしていたカカシに向き直った。
「ということだよ、カカシ」
 四代目に言葉を振られたカカシは用意の手を止めると、
「仰せのままに」
 そう言って腰を折りナルトの視線に合わせると、唯一表情の見えるその目を笑みの形に変える。
「かぁちもいっしょ、うれしーってばよ!」
 ナルトはカカシの首に抱きつくと、嬉しくてその頬に柔らかな唇を押しつけた。カカシは困ったように笑いながらも、それを嬉しい気持ちで受け入れる。
「あーっ! ナル君、パパも! パパもっ!」
 その光景を見ていた四代目は大人げなく叫んでナルトにキスを強請り、カカシに抱き上げられたナルトは身体を伸ばすと、向けられた父親の頬にも可愛らしい音を立ててキスを贈った。
「しゃんたしゃんしゅごいってば」
 そのまま四代目の腕に渡ったナルトは、父親の耳元でこそりと囁く。
「ん?」
「ナル、とーちゃといっしょにあしょびたかったってばよ」
 耳をくすぐる可愛らしい声と内容に四代目が目を見開いてナルトを見れば、その瞳に映ったのはこれ以上ないほどに幸せに染まった微笑みだった。
「いちんちいっしょ、うれしーってば!」
 ギュッと首に抱きつくナルトに、四代目の目頭が熱くなる。小さな身体をギュッと抱き締めて、ふと目を上げれば、「ほら、言った通りだったでしょ?」と、見えない口元を笑みの形に歪めたカカシが視線を送っていた。
「ナル君…、パパもサンタさんからプレゼントを貰ったみたい」
「とーちゃも?」
「ん。ナル君がこんなに喜ぶ姿を見ることが出来たからね」
 四代目はナルトの柔らかい頬に自身の頬を擦り寄せて、そのまま音を立てて口づける。くすぐったそうに笑いながら肩を竦めるナルトが愛しくて、四代目は飽きたらずに髪や顔中にいくつものキスを降らせた。
「よし! ご飯を食べたらお外で雪遊びだ!」
 ナルトを抱いたまま窓の傍へ行くと、四代目はかけ声と共にカーテンを開け、降り積もった雪をナルトに見せた。
 そこには一面の銀世界があり、踏み荒らされていない白い大地は目にする者の遊び心をくすぐらずにはいられない。
「ゆきあしょびー!」
 例に漏れず降り積もった雪にナルトも興奮し、片腕を掲げる父親の真似をして細い腕を振り上げた。
「それじゃあ、今日の予定が決まったところで温かいうちにご飯食べちゃって下さいね」
 テーブルの上に乗っているのはナルトの好物のオムライスで、しかもその上にはケチャップでクリスマスツリーの絵が描かれていて、ナルトの目は嬉しさにまん丸くなる。
「かぁし、しゅごい! かぁち、おいしってばよ!」
 ナルトは口一杯に頬張りながら、作成者のカカシを何度も見上げては「おいしーねー」とにっこり微笑む。
 ここまで言ってもらえれば、料理人冥利に尽きるというものだろう。
 カカシも目を細めると、ナルトの賛辞に嬉しそうに応えた。
「ナルトは美味しそうに食べてくれるから本当に作り甲斐があるよ」
「カカシ君は本当にナルトには優しいねぇ」
 やんわりと、しかし、暗に自分に対する態度を提起している四代目の言葉に、カカシは溜息をついて振り返る。
「何、拗ねてるんですか?」
「だって、ナル君のご飯だけオムライスなんてズルイじゃない」
 四代目の前に置かれたのは白いご飯とおみそ汁、おかずに焼いた鮭だけだった。
「歳を考えて下さい、歳を」
 呆れた声で返せば、反論という名の屁理屈が返って来る。
「忍は体力でしょ? だったら、その分カロリーも必要じゃない」
「コレステロール値が下がってからその台詞は言って下さい。俺は不健康な生活を送るアナタの健康面の管理も任されているんですから。昨日の夜もこっそりラーメン食ってたでしょう? 知ってるんですよ!」
 最後の方はナルトを憚って小声で叱りつける。そこまで言われてしまうと四代目も返す言葉がなくなったらしく、おとなしく目の前の白いご飯を口に運び始めた。
「とーちゃ」
「ん?」
「あーん」
 四代目がナルトに呼ばれて顔を向けると、ナルトは自分のスプーンにオムライスを掬い、四代目に向かってそれを差し出していた。
「ナル君…」
 ナルトの優しさに胸が熱くなり、四代目の目が潤む。
「だ、大丈夫だよ。ナル君が全部食べて良いんだよ?」
 大人げない姿を見せてしまっただけでも恥ずかしいのに、小さな息子に心配をかけてしまった四代目は焦って手を振った。
 そんな父親の様子をじっと見つめた後、
「かぁし、ちょっとだけならいーってば?」
 ナルトはカカシの方を向いて尋ねた。誰が主導権を握っているのか、子供なりに理解できたのだろう。
 その訴えるような視線に、カカシはチラリと四代目を見ると、軽く溜息をついて降参の意を示した。
「……仕方ないですね。ちょっとだけだぞ、ナルト」
「りょーかいだってばよ! あいっ、とーちゃっ!」
 カカシから了承を得たナルトは改めて父親にスプーンを差し出す。その表情は「早く食べて」と言っているようで、これ以上ナルトの好意を無駄にすることは出来ず、四代目は差し出されたスプーンから貴重なオムライスを戴いた。
「おいしーってば?」
 小首を傾げてナルトが尋ねる。その様がまた可愛らしくて、四代目は心の中で至福を感じながらナルトに分けて貰ったオムライスを大事に租借し飲み込むと、とろけるような笑みを浮かべた。
「うんっ、すっごく美味しい。ありがとね、ナル君」
 礼を言われたナルトは、嬉しそうに笑う。
「とーちゃ、おいし、うえしってば」
 父親が美味しいと喜んでくれるのがナルトには嬉しいらしく、だから、今もこうして自分の好物のオムライスを分けようと思ったのだろう。
 その気持ちがまた嬉しくて、四代目は「朝から幸せ過ぎる…」と、涙を零しそうになる。
「かぁちもあーん」
 涙ぐむ父親の隣りで、ナルトはカカシにもオムライスを差し出していた。カカシ自身のご飯は四代目と同じ物で、それがナルトには気になっていたのかもしれない。そんなことを思いながらカカシは口布を下ろすと、自身で作ったオムライスを口にした。
「かぁちのごはん、おいしーってば。ね?」
 輝くような笑顔で褒められて嬉しくないわけはない。カカシは少しだけ頬を染めて笑った。
「ああ、ありがとな。ナルト」
 柔らかな金髪を掻き混ぜるように撫でながらカカシが礼を言うと、その手にナルトの笑みはまた深くなる。
「カカシ君は本当に料理上手だよね」
 ナルトに同意するように言った後、四代目はカカシに目映いばかりの笑みを向けた。ナルトの先程の行動が嬉しくて仕方なかったのだろう。そんな師匠を現金だと思いながら、カカシはわざとぶっきらぼうに「ありがとうございます」と礼を述べた──本当は嬉しいと思う気持ちを隠すように。


「食事の後は運動!」という四代目のかけ声と共に三人は外に出ると、庭に降り積もった雪に足跡を刻み込む。
 初めての雪遊びにナルトは大喜びで、四代目やカカシが作る雪だるまやかまくらを興味深そうに見ては手伝い、その満面の笑みは一日中絶えることがなかった。


 そして翌日。はしゃぎすぎた大人とそれに付き合わされた少年は、熱を出しながらも職務を全うすることになったらしい。

 ──それはそれは楽しい時間を思い出しながら。








今年は暖冬で雪を見ることはないのではないかと思いますが、クリスマスに雪が降るとそれだけでなんだか浮かれた気分になりそうですよね(交通の便は悪くなって困りますけど)。
きっと、四代目は雪の妖精を作ったに違いないと思いつつ省きました(苦笑)。そんな四代目の姿を見て喜ぶ息子と呆れる弟子がいたに違いない(笑)。
幸せ親子と居候にめりくり♪(^^)
そして、これを読んで下さった皆さんが少しでも幸せな気持ちになれますようにv
ここまでお読み下さってありがとうございますv

──Happy,Merry,Christmas!!

サクヤ 拝

※こちらの話は期間限定でお持ち帰り可能のプレゼントとさせて頂きました。DLして下さった方、ありがとうございますv